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「御退屈だろうと思って、御茶を入れに来ました」
「有難う」
また有難うが出た。菓子皿のなかを見ると、立派な羊羹が並んでいる。余はすべての菓子のうちで尤も羊羹が好きだ。別段食いたくはないが、あの肌合が滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた練上げ方は、玉と蠟石の雑種のようで、甚だ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い練羊羹は、青磁のなかから今生まれたようにつやつやして、思わず手を出して撫でて見たくなる。西洋の菓子で、これほど快感を与えるものは一つもない。クリームの色はちょっと柔かだが、少し重苦しい。ジェリは、一目宝石のように見えるが、ぶるぶる震えて、羊羹ほどの重味がない。白砂糖と牛乳で五重の塔を作るに至っては、言語道断の沙汰である。
「うん、なかなか美事だ」
「今しがた、源兵衛が買って帰りました。これならあなたに召し上がられるでしょう」
源兵衛は昨夕城下へ留ったと見える。余は別段の返事もせず羊羹を見ていた。どこで誰れが買って来ても構う事はない。ただ美くしければ、美くしいと思うだけで充分満足である。
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「草枕」夏目漱石