「創生会議が提言した『老人の地方移住』は姥捨て山ではない」

「創生会議が提言した『老人の地方移住』は姥捨て山ではない」原案を作った国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授に聞く
民間有識者などでつくる日本創成会議(座長は増田寛也・元総務大臣)は6月4日、東京圏(1都3県)で高齢化が急速に進むため、介護施設が2025年に13万人分不足するとの推計結果を公表した。そして施設や人材面で受け入れ体制が整っている全国41の地域を移住先の候補地として示した。 創成会議と言えば、昨年発表した「消滅可能性都市」でも大きな反響を呼んだ。今回の「東京圏高齢化危機回避戦略」と題する提言も刺激的な内容であり、「東京さえ高齢化しなければ良いのか」「姥捨て山の発想だ」など厳しい意見も寄せられた。 ただ、少子高齢化が不可逆的に進む我が国において、今後の医療・介護体制をどう維持していくかは避けては通れないテーマである。そこで日本創生会議の首都圏問題検討分科会メンバーで、今回の提言の原案を作った国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授に、提言の狙いを改めて聞いた。
首都圏で老人向けの医療施設が不足するという予測は、以前から高橋教授が指摘されてきたことです。
高橋:そうです。約3年前から対外的に公表してきました。この予測自体はとてもリーズナブルというか、合理的なものだと自負しています。
 私は以前から人口を基点に医療問題を研究してきて、NHKをはじめ様々なメディアにも情報を提供してきました。この情報を見れば、今東京で働いている人もリタイアしたら地元に戻りたいと思う人が多いでしょう。
 今回の日本創生会議の提言に対して、首都圏と地方で受け止め方に温度差がありました。その理由を私なりに考えてみますと、首都圏ではまだ介護クライシスが起きていない。だから、実感が湧かないんでしょうね。
 東日本大震災が起きる前に原発の危険性を訴えても世間に響かなかったのと同じように、クライシスが起きてみないと本当の怖さが伝わらないんですよ、実際問題として。
 ただ、データを少しでも触ってみれば、(自然災害やテロなどによる)原発事故よりも介護クライシスの方が間近に迫っていることがヒシヒシと分かるはずです。
(日本創生会議が公表した「東京圏高齢化危機回避戦略」はこちら)
東京圏の後期高齢者は10年で175万人増える
 一都三県を含む東京圏についてお話しすると、2015年時点では東京の周辺部というのは後期高齢者(75歳以上)を受け入れる施設のキャパシティが高い。全国平均と比べてみても、一番高いのが埼玉県のさいたま市です。
 ところが2025年になると様相が一変します。東京都区部(東京23区)だけでなく、首都圏のすべてで後期高齢者向けの介護施設が不足する事態となるでしょう。これまで東京23区の不足分を周辺地域で補ってきたのですが、10年後には東京のマイナス分を補い切れなくなります。
 なぜなら千葉・埼玉・神奈川で後期高齢者が急速に増えるためです。高度成長期に地方から東京周辺部の大規模団地に移り住んだ子育て世代が歳を取り、一都三県だけでも後期高齢者は10年間で175万人も増えます。これは全国の増加分の3分の1を占めるほどです。
 とりわけ埼玉・千葉・神奈川では増加率が全国平均(32.4%)より10ポイント以上も上回ります。10年間で、これだけドラスチックな変化が起きるのです。
 高齢者がこれだけ急激に増えると、医療サービスを十分に提供できなくなる可能性が高い。そこで創生会議では、1つの選択肢として首都圏に住む高齢者の方々に、医療・介護体制が充実した地方に移住したらどうですか、と提案したのです。
一般的には、東京圏というのは医療施設が充実しているという認識ではないでしょうか。私も都民ですが、自宅の周辺には大規模な病院がいくつもあります。近い将来、ベッドが足りなくなると言われてもピンと来ません。
高橋: 話を分かりやすくするために、入院を要するような急性期医療と介護や高齢者向けの慢性期医療に分けて考えてみましょう。
 医療機関への入院需要は、75歳以上の高齢者数の推移にほぼ連動します。だからこそ、将来の人口推計に基づいて医療の提供体制をどうしていくかを今から考えておく必要があります。
 年齢別の医療介護需要の発生率を推計すると、入院需要は2025年までに全国平均で14.1%増えます。具体的に言うと、1日当たりの入院需要は2015年に133万人だったものが、2025年に152万人に増えます。
 先ほども申し上げた通り、一都三県では後期高齢者がこの10年間で急増します。そのため東京圏では入院需要の増加率が全国で最も高くなります。2025年には埼玉県で25%、神奈川県で23%、千葉県で22%、そして東京都が20%増加します。
肺炎や骨折を煩っても入院できない
数値を示されてもあまり実感が湧きません。
高橋:私は、各地域の医療体制を「一人当たり急性期医療密度」という概念で評価しています。これは1キロ四方の区画(メッシュ)ごとに、どの程度の急性期医療を利用できるかを指標化したものです(詳しくはこちら)。
 これによれば、全国平均を1.0とすると、埼玉県・千葉県・神奈川県のほとんどは0.6~0.8にとどまっています。このままでは高齢者が肺炎や骨折を患っても、医療が受けられない可能性が高いと言わざるを得ません。
高橋:ご指摘のように、東京都区部には大学病院など大規模な病院が集積しています。現状では埼玉県などの周辺地域から一定程度の入院患者を受け入れています。ただ、これからの10年間で高齢者の増加が余りに急であるため東京都区部でも十分な数のベッド数を確保するのは難しくなります。
介護施設も足りなくなるのですか。
高橋:介護など慢性期医療については、この逆の現象が起きます。今のところ東京都区部と千葉県は不足していますが、埼玉県と神奈川県そして東京の多摩地域には結構空きがあります。余力があるから、例えば東京都区部からやって来た老人に対しても「空いているから入居してください」と言えます。
 ところが10年後の2025年にはそんな悠長なことは言っていられなくなります。首都圏すべてで後期高齢者が急増する。そのスピードに合わせて介護施設を新設できればいいのですが、そう簡単ではありません。このままではどこの介護施設も満杯となり、介護老人の行き場がなくなる事態となるでしょう。まさに介護クライシスが現実のものとなるのです。
 要するに、入院を要するような急性期医療についても、介護など慢性期医療についても、東京圏は極めて厳しい状況にならざるを得ないと言えます。まずは、この現実をより多くの人に知って欲しいと思います。
 政府は、介護施設に入りきれない人は在宅で介護しようとしていますが、それだけの数の老人に対して在宅でサービスを提供するためには人手が要ります。厚生労働省が「地域包括ケアシステム」と称して実現を目指していますが、課題は人材です。今でさえ介護サービスを提供する人が不足しているのに、人材を供給できると思いますか。
別府に移住すれば夕食のおかずが一品増える
給与水準を高くするなど、インセンティブを相当与えないと難しいでしょうね。東京圏に人を集めようと思ったら、地方の過疎化を進めてしまうかもしれません。
高橋:創生会議ではそうした懸念も表明していますが、東京圏でも本当に人が集められるか分かりません。東京圏は生活費も高いですから。
 それで、このまま状況が大きく変わらない限り、介護クライシスが近い将来起きるのはほぼ間違いない。だからこそ、一人ひとりが引退後にどう生活していくかをディシジョン(決定)しなければなりません。今回の提言では、そのための選択肢も提示しました。それが、医療や介護の提供体制が比較的充実している地方への移住です。
 仕事をしている現役時代は仕事がある都市部に住むのが便利だし、合理的です。だけどリタイアすると医療と介護の比重が増します。収入も給与から年金に代わるので定額となる。そうするとお金をいかに効率的に使うかがより重要となります。
年金額は東京でも沖縄でも変わらないので、だったら生活費が安い地方に住んだ方がお得でしょう、ということですか。
高橋:そうそうそう。6月4日に創生会議が今回の提言を発表した記者会見の場でも、私が申し上げました。例えば、東京の人が大分の別府に住めば、夕食のおかずが一品増えますよ、2LDKに住んでいる人は3LDKに温泉付きに変わりますよ、また孫を連れた旅行ができるぐらいの余裕が出てきますよと。
 そういう利点を時間をかけて説明したつもりでしたが、ほとんどのニュース番組は「創生会議が東京の老人は地方に移り住めと提言した」みたいに報じたでしょ。ちゃんと報道してくれたのは大江麻理子さんのところ(テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」)ぐらいじゃないかな…
 別府はいいですよ。病気になってもしっかりした医療体制が整っていて、新別府病院というバリバリの救急病院もある。東京圏だったら、近い将来、病院に入れたら御の字ということになりますよ。だって、埼玉県では今でも救急医療体制に不備があって、救急車の搬送先が見つからない「患者のたらい回し」が社会問題となっていますよね。
 繰り返しになりますが、創生会議の提言というのは、近い将来に東京圏では医療施設の深刻な不足が予想されますよ。その現実を踏まえて、地方に行きたい人は行って下さいと申し上げているだけです。全員が移住すればいい、なんて考えてもいません。ある一定の割合の人が地方に移り住むだけでも、東京圏の医療施設に余裕が生まれるから、みんなにとってハッピーじゃないですか。
「不都合な真実」から目を背けるな
つまり選択の問題だと。
高橋:そうです。東京圏は商業施設が充実しているなど、すぐれたところもたくさんある。だから医療施設が不足していても自分は東京に住みたいという選択肢はもちろんあるわけです。
 そこで重要となるのが、「うちの街にすめばこんなメリットがある」ということを地方自治体がそれぞれ打ち出していくことだと考えています。医療・介護施設が充実しているというのもその1つ。全国を探せば、ゴルフや釣りのパラダイスというところもあるでしょう。
 日本の人口は減っていくというのは避けられない現実です。全国一律に人が減っていくのは最悪のシナリオなので、これからは「住みやすい場所」の競争になっていくのが理想です。首長さんも自らの自治体の魅力をどう高めていくかという視点で選挙を戦ってはいかがでしょうか。とにかく住みやすい場所を提供して人口を増やす、もしくは維持した場所が生き残る。そういうことも創生会議の記者会見では申し上げたつもりでした。
 だけど、(番組の)尺の問題なんでしょうかね。ニュースとしては「老人は東京から出て行け」と創生会議が提言した、みたいなニュアンスで報道されてしまうのです。
15秒とか30秒のニュースでは、そうならざるを得ないかもしれませんね。ただ、住む場所は医療施設が充実しているかどうかだけでは決まりません。家族や友人が近くにいるとか、人間関係も重要なファクターです。
高橋:それも選択の問題です。たしかに歳をとってから、見ず知らずの場所で人間関係を構築するのは面倒だと感じる人はいるでしょう。でも、そういうことが楽しいと捉える人もいるはずです。オレは釣りが好きだから、釣り人がたくさん集まる場所に住みたいとか、そう考える人は結構いるんじゃないでしょうか。
 強調したいのは、現役時代とリタイアしてからは、生活の中で重視することが全く異なるということです。本当は、企業にも社員の将来を考えてもらいたいんですよ。例えば55歳を過ぎたら地方でもできる仕事を任せるとか。まあ、これは理想論かな…
高橋教授は医療従事者にも変革を訴えています。
高橋:今年5月に一般社団法人「日本医療法人協会」に頼まれて会員向けのニューズレターに寄稿しました。日本医療法人協会は全国の病院が加盟していて、その会員誌には多くの病院経営者が目を通します。
 日本の医療費は、毎年1兆円ずつ増えています。医療界からすればこれだけ高齢者が増えていて、また医療技術も進歩してきたのだから、費用が増えるのは仕方がないと考えがちです。でも医療界の外はそう考えてはいない。特に、財政破綻を回避しなければならない財務省からすれば、「これ以上の医療費拡大は認められない」という意見が出てくるのも自然です。
 ただ、財務省だって医療費をゼロにしたいなんて言っていない。総医療費の伸びをこれ以上拡大するのは財政的に難しいと言っているのです。つい先日も政府が最大で20万病床を減らす方針を打ち出しましたが、医療の質を落とさないで総医療費を拡大させない方法を模索しなければなりません。これには医療界の内部と外部の人が協力して知恵を出すしかない。
 私のような立場の人間の話は、医療従事者には耳の痛いことです。ただ、今回の寄稿は向こうから頼まれたもので、内容について一文字も修正されませんでした。5年前なら考えられませんでしたが、医療界も変わってきたと実感しています。「不都合な真実」から目を背けていても、何も解決しませんから。

2015-06-25 14:19