キリスト教を支える聖書の二重構造

キリスト教の旧約聖書と新約聖書に接してみて感じるのは、
唯一神と個人の直接の関係を描く、超越的なものであると同時に
現世での教会の組織を維持するための、世俗的なものであるという
二重構造である

一般に宗教というものでは「超越」の軸が不可欠であることは疑いがない
しかしそれだけでは
個人が神と通信するだけで世俗の組織として強力なものにならない
世俗の権力となって初めて実現できることがたくさんある

この2つの軸のベスト・ミックスが提示されているのだろうと思う

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もちろん、超越主義者から見れば、余計な世俗的な教えが書かれていて退屈なわけだし
世俗主義者から見れば、幻覚のような妄想のようなことが書かれていて拒絶したくなるような書物である

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時代ごとに、現実の権力者に従うのか、超越者としての神に従うのか、
聖書からだけでは決定できず、個人のコミットメントを求める構造になっているのが
面白いと思う