老人の孤独には未来がなく救いがない 老人には生きる目的がないから 生きる張りもない 老人には未来がないのだから 妥協などするはずがない 今後、義足や義手などのエンジニアリンクが進歩すれば 自分に障害があったとしても 誰にも頼らずに生きていけるようになるかもしれない 脳機能に問題があっても、それを補うコンピュータを使うこともできる そのようにしてますますわがままになり孤独になる わがままと孤独は一体のものなのだろう 何かをしたいというのではなくて ただ誰かと一緒にいたいとか誰かに依存したいとかとい

老人の孤独には未来がなく救いがない

老人には生きる目的がないから
生きる張りもない

老人には未来がないのだから
妥協などするはずがない

今後、義足や義手などのエンジニアリンクが進歩すれば
自分に障害があったとしても
誰にも頼らずに生きていけるようになるかもしれない
脳機能に問題があっても、それを補うコンピュータを使うこともできる
そのようにしてますますわがままになり孤独になる

わがままと孤独は一体のものなのだろう

何かをしたいというのではなくて
ただ誰かと一緒にいたいとか誰かに依存したいとかというのは
わがままと孤独という軸とは別のものだ

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ここで書いた老人とは私のことで一人称である

私の孤独には未来がなく救いがない

私には生きる目的がないから
生きる張りもない

私には未来がないのだから
妥協などするはずがない

と書いても良いのだがそれでは言葉がきつすぎる

私の孤独には未来がなく救いがない
(救いはないが救われたい)

私には生きる目的がないから
生きる張りもない
(生きる張りはないが、生きる張りがほしい)

私には未来がないのだから
妥協などするはずがない
(妥協などいくらでもするから本当は未来がほしい)

さてどうしたらいいものか
しかし老人のいいところは、考えても、考え詰めないところである
適度に論理が緩くなっていて体力もないので
眠くなって忘れてしまう