“ 私自身が今までバス旅行すると必ず運転手を見張ること、あるいは運転手の近くに座っている人に、運転手を見張るようにアドバイスしてきた。 私自身、自ら運転手を見張って、居眠り運転を始めた運転でも、4回、事故を防げたと思っている。 一度は、近ツリのパッケージのパリ往復だった。3月ころで、サベナ航空でブリュッセルに到着した。私はフランス人の老人の友人に面談に行っ たのだが、私以外は添乗員と数夫婦以外、全員が若い女子大生というすごい旅行で、ブリュッセル市内観光の時は、まるっきりボディガードのような感じがし た

私自身が今までバス旅行すると必ず運転手を見張ること、あるいは運転手の近くに座っている人に、運転手を見張るようにアドバイスしてきた。
私自身、自ら運転手を見張って、居眠り運転を始めた運転でも、4回、事故を防げたと思っている。
一度は、近ツリのパッケージのパリ往復だった。3月ころで、サベナ航空でブリュッセルに到着した。私はフランス人の老人の友人に面談に行っ たのだが、私以外は添乗員と数夫婦以外、全員が若い女子大生というすごい旅行で、ブリュッセル市内観光の時は、まるっきりボディガードのような感じがし た。ブリュッセルからパリまでバスで向かった。運転手も元気で問題なかった。
パリまで、私の友人が迎えに来てくれて、数日後に指定のホテルに戻り、同じバスで、高速道路で、ベルギーに戻る途中、私は運転手の見晴れる一番前の右側に座った。途中の高速道路では、私以外、添乗員を含めて全女子大生たちは寝ていた。
運転手は、年配の男性で、これからノンストップでブリュッセルに向かうとマイクで言っていた。
私は運転手を見張った。運転手の視線、目の横が開いているか、運転がふらふらしていないか、眠気を感じると、ラジオを掛けたり、窓を開けたり、お茶を飲もうとしたり、頭を掻いたり、様々な癖がでる。
何と言っても運転がふらふらする。出発して2時間ほどして、運転手に色々な兆候が出始めた。右目の端が閉じていたり、運転が少し、ほんの少しふらついたりして、ラジオを掛けたり、自分の魔法瓶に手を伸ばそうとした。
(こりゃ、いかん)と、私が彼の魔法瓶のコーヒーを入れてあげると同時に、
「トイレに行きたい」と運転手に伝えた。運転手がニコっと笑ったのをおぼえている。
「了解。探しましょう。止まれるところを」と、街道の横のホテルに停止して、トイレストップ。添乗員には、「居眠り運転しかけていた」と伝えた。
 添乗員が、
「ありがとうございます。私の仕事でした」と、助かったという顔で言われていたのをおぼえている。運転手もトイレに行った。その間に、私は女子大生の中でチョコレートを持っている人を探して、チョコレートを運転手にあげた。
これで事故はなかった。事故が起こらないと何も問題はなかった。
二つ目は、モロッコの南部のマラケッシから、カサブランカを通って、北の端のタンジールまでのバスに乗った時、この時は、初めから運転手を見張りに最前列に座った。
マラケッシを朝の4時に出る。出発後2時間ほどで、夜が明けてきたころ、運転手が眠気を感じ始めた。私は秘蔵の日本から持ってきた明治のブラックチョコレートを開けて、大きな塊を、運転手のところに持って行って
「どうぞ」とチョコレートを出したら、すごく喜んだ。すると、運転手の後ろのおじさんが、
「俺にもくれ」というので、
日本語で
「ばーか」と言っておいた。
その後、
「トイレに行きたい」と言ったら、
「良い休憩所がある。停止しよう」と運転手が生き返った。
停止した場所は小さなレストランがあったので、私はコーヒーを2杯買って、運転手に持ち帰った。本当に喜んでいた。
カサブランカまでの運転では、彼は鼻歌を歌っていたほどだった。カサブランカで運転手が変わった時、時間に余裕があったが、運転手が私に、コーヒーをおごってくれたのが印象的だった。 
3回目は、モントリオールからケベックシティまでのバス旅行で、運転手が居眠りを始めているようだった。私は真後ろだったから、よくわからない、ま さか運転手の顔を見に行くわけにもいかなかった。となりのフランス語だけの女性に、ジェスチャーで、運転手がいねむっているのではと、伝えたら、彼女が運 転手に「大丈夫か」と尋ねて、運転手が大丈夫と答え、私は運転手に日本ののど飴をあげた。
こうして、私は生還してきた。