第15章 パーソナリティ障害と大うつ病

第15章 パーソナリティ障害と大うつ病
ポイント
・どんなパーソナリティ障害でも大うつ病を引き起こすことがある。
・うつ病の症状はパーソナリティ障害の特性により違いがある。
・一部のパーソナリティ障害では常時抑うつ的だというものの、実際はうつ病ではない場合がある。
・どのパーソナリティ障害であっても、うつ病に対しては通常使用している抗うつ薬が有効である。しかし精神療法はそれぞれで異なる。
うつ病という黒い犬に引きずり回された
—–Winston Churchill
DSMの作成者はなぜⅠ軸とⅡ軸を分けたのだろう?
臨床症状が何であっても(Ⅰ軸)、パーソナリティ障害が経過と転帰に大きな影響を与えることを言いたかったのだろう。
パーソナリティ障害に関しては医師の間で多くの論争があり、既存の診断にいろいろな患者を無理に押しこんでいるのではないかとの疑問もある。
診断基準には充分な科学的根拠がないと論じる人もいる。
また正常人格と異常人格の境界が恣意的だと論じる人もいる。
同じ分類をされている人達も内容はお互いに全く違うかもしれない。
いろいろと議論はあるものの、我々の多くは難しい患者を扱うときにはⅡ軸が非常に有用であると考えている。
問題なのは我々がつけた診断名によって健康保険の支払で不利が生じたり、他の医師が誤解することがあるということだ。
大うつ病は最もよく見られるⅠ軸の精神医学的診断であるが、うつ病の人の約20%だけしか治療に訪れないだろうと考えられている。
依存性パーソナリティ障害や境界性パーソナリティ障害のようなタイプのパーソナリティ障害では平均よりしばしば治療を求める。妄想性パーソナリティ障害、スキゾイドパーソナリティ障害、回避性パーソナリティ障害などではあまり治療を求めない。
キーポイント
次の症状が最低5つ、ほとんど毎日二週間続く場合、大うつ病を考える。不眠または過眠、過食、食欲不振、悲哀、自殺を考える、イライラ、罪責感、自己評価の低さ、集中低下、セックスや他の活動への興味の低下、不穏または疲労。
妄想性パーソナリティ障害ではうつ病になると敵意が激しくなりひきこもりも激しくなる。人前で泣くこともないし、自殺の考えは隠しているし、他の弱さも隠蔽しているだろう。従って、自殺の意図については特に慎重に評価する必要がある。
スキゾイド・パーソナリティ障害ではうつ病になるとアンヘドニア(失快楽症)がつよくなりひきこもりが激しくなる。患者は悲哀を充分に感じることができなくなるが、疲れやすくなる。他のうつ病の症状を注意深く探すこと。
スキゾタイパル・パーソナリティ障害では、うつ病になると不安が強くなり、信念の体系がさらに強固なものになる。幻覚妄想を伴う精神病性うつ病を呈していないか確認する必要がある。
反社会性パーソナリティ障害ではうつ病になるとさらに衝動的、攻撃的、不穏になる。犯罪的行為が増加しないか注意する必要がある。
境界性パーソナリティ障害ではうつ病になると他人と喧嘩しやすくなる。彼らの怒りは圧倒的に強い。自傷行為が増える。自殺の考えや行為に注意すること。
演技性パーソナリティ障害ではうつ病になると、泣いてあなたの注意と関心を引こうとする。うつのときには自分を支える能力がないのでいつもより状態が悪そうに見える。
自己愛性パーソナリティ障害ではうつ病になると、さらに傲慢になり他人を利用する傾向が強くなる。いつもより一層特権的になる。更に「特権的」な立場が得られると感じると泣くこともある。
回避性パーソナリティ障害ではうつ病になると、自己イメージが悪化しさらに不適応になり引きこもる。自殺をする心配はあまりないだろう。
依存性パーソナリティ障害ではうつ病になると、重要な対人関係に強く寄りかかり、最大の世話を引き出そうとする。
強迫性パーソナリティ障害ではうつ病になると、何事につけても一層ハードになる。彼らは日常の習慣に厳しく頑固に執着し、結局達成できない。
症例スケッチ
レイは59歳のダンス教師。いつも自分は美しくて「特別」だと思っている。幾つかのミュージカルでステージに立った。豪華な衣装をつけて、男性に長い足が素晴らしいといわれるようなストーリーがお好みだった。そのステージの後何年かは夫から賞賛され特権的な感覚を得ていた。残念なことに、夫がアルツハイマー病を発症した時、レイは大部分の時間を夫を世話して家で過ごさなければならなくなった。いつも疲れているし、精力的な生徒についていけないと思ったので、早い引退を決意した。いくらか休息を取れさえすれば、完全に健康になると確信していた。眠れないのは夫のせいであり、彼は彼女と同じあんぜん寝て、夜に最低4回起きてうろうろ歩きまわった。レイも起きて、夫の後をついてアパートを歩き、彼が危険な目にあわない様に気を配った。息子が電話してきたときは、彼女はよく泣いていたし、話す気力もない様子だった。食欲は減退していた。検診に行った時、内科医は身体的には健康であることを確認した。彼女がいつも持っていた人生への強い興味がなくなった。ある日、何年も生き延びるなんてしないで交通事故で死んでしまいたいとみんなに言って驚かれた。息子は彼女のうつ病を疑い、治療を勧めた。彼女は夫の病気のせいでうつなのだと主張した。かなり議論したあとで、レイは精神薬理学者を訪れた。病歴をまとめて、これがレイの経験する三度目の未治療の大うつ病エピソードである事が分かった。医師はレクサプロ10ミリを処方した。4週間して彼女の食欲と睡眠は回復し、精力が蘇り、「いつでも踊れる」くらいになった。困難に対してもいつものように合理的に考えられるようになり、夫の介護のためにナースを雇った。もちろん、彼女の「特別さ」、賞賛の要求、特権の感覚と傲慢さはそのまま変わらなかった。
キーポイント
Ⅰ軸は治療できることもあるがⅡ軸を癒すことは期待できない。
ディスカッション
レイは夫が認知症になってから、彼が与えてくれた賞賛を得られなくなった。これがレイのうつ病をひきおこした。しかしそれは大うつ病ではなかった可能性がある。例の場合には実際に大うつ病だった
。彼女は大うつ病の診断基準をすべて満たしていたが、自分は否定した。多くの人は悲劇的なイベントを体験したら自分はうつ病になる権利があると思っているようだ。悲劇がなくなればすぐにうつ病も無癒されると思い、うつ病は出来事に左右されるのだと思うようだ。しかしこれは正しくない。もしうつ病が6ヶ月間続いたとすれば、その人の脳の生化学は変化してその人は臨床的にうつ病になるだろう。レイの自律神経症状、つまり、食欲減退、不眠、疲労、は確かに病状の反映である。
もし治療されずに放置されたとしたら、うつ病は自殺に至るかもしれない。うつ病は薬剤で治療可能である。抗うつ薬にはSSRI(選択的セロトニン再取り込み抑制薬)からTCAs(三環系抗うつ薬)、MAOIs(モノアミンオキシダーゼ抑制薬)までいろいろある。常に新しい薬剤が開発されつつある。またCBT(認知行動療法)やその他の精神療法も使える。ECT(電気けいれん療法)も有効な治療法である。
抑うつ的な人々は家庭でも職場でも否定的な影響を与えている可能性がある。
失業しやすいし、友人や家族と疎遠になりやすい。彼らは未治療の状態だと怠け者で無能で付き合いにくい人に見えることがしばしばである。従って、パーソナリティ障害と大うつ病の両方を持つ人は困難も二倍になる。未治療のうつ病の結果は自殺と悲惨な人生であるが、治療者は治療可能な部分であるうつ病を見逃してはいけない。