意識の高い小学生は、そこいらの大学生より、よっぽど優秀だ

意識の高い小学生は、そこいらの大学生より、よっぽど優秀だ
今日、電車の中でなかなかの刺激的な体験をした。
鶴舞線、上小田井に向かう電車で、
 前に座った4名の制服の小学生(高学年)が読んでいる本
に僕は驚く。
一人はハリーポッター⇒うん小学生だね。 
一人は日本地図 ⇒地図! でもまあ小学生だね。
一人は沢木耕太郎 深夜特急 ⇒なに~! まじか!! 
そしてもう一人は、なんと講談社新書 ⇒「アイデアを盗む技術」という本。
ね、刺激的な体験でしょ?
でもね、これで終わらないのが、行動こそが価値を生んじゃうフジノくんの真骨頂なのです。
僕はおもむろに席を立ち、
 「深夜特急」に声をかける。
「あのさ、ちょっと聞いていい?」
 「はい」
 「深夜特急第6巻、主人公はどこまでたどり着いた?」
 「パリです」
 「そうか、じゃあもうすぐゴールだね
 ところで、なんで、深夜特急読んでるの?」
 「母に勧められたんです」
 「まじで?お母さんに?」
 「はい」
 「インドでさ、主人公が何日もアヘン窟に入り浸るじゃない?
 あのあたりの話とか読んでわかったの?」
 「同じ人が書いている小説で、××(書名)ってのがありますよね。
 そこで同じことが書いてあったので大体わかりました」
 「・・・そうなんだ」
 (僕は沢木の××という本を知らなかった。)
 「どう?面白い」
 「はい」
 「これ読むと旅に出たくなっちゃうよね。僕は大学の時に読んだよ」
 「はい、もうすぐ終わっちゃうのがさみしいです」
おそらく彼のお母さんは、息子に「世界」を見て欲しいのだろう。
 これこそグローバル教育なのかもしれない。
 さて、もう一人。
「で、君はなんで新書読んでるの」
 「塾の先生に勧められたんです」
 「へー!で、どう?このアイデアを盗む技術って本、面白い?」
 「まだ途中まで読んでませんが、まあ面白いです」
 「この本はアイデアを盗み技術は何だって言ってるの?」
 「アイデアを盗むには、自分が好奇心を持っていることが大事だ。
 アイデア自体はそこら中に落ちている。大事なのは、落ちているアイデアに気づく自分自身の目だ、
 と書いてありました。それが面白かったです」
どうよ、みなさん。
 この本質のとらえ方。
 すごいでしょ?
「なるほど、それはまさに本質だね。すごいな。
 ところで君は何年生?」
 「小学校6年生です」
 「南山小学校って面白い?」
 「はい、面白いです」
 ようやく、ここでネタばらし。
 彼らは南山小学校の6年生。
 制服にNANZANって書いてある。
「きみたちはこの後南山中学校、高校っていくわけ?」
 「はいそうですね」
 「僕も中高一貫校だったから、6年友達と一緒だったよ。
 すごい仲良くなった。
 君たちは12年一緒だもんな、すごい仲良くなるだろね」
 「いえ、僕たちは途中から転校してきたんです」
 「え?どこから」
 「普通の公立です。3年生からです」
 「そうなんだ、あのさ、公立と南山、どう違う?」
 みなさん、ここからの答えがすごいわけです。
 驚いちゃってください。
 「公立の小学校はみんなを同じ枠にはめる感じで、
 なんだか息苦しかったです。
 でも今のところは、それぞれが自由に、自分のやりたいこと
 興味のあることを学べばいい、と言ってくれる。
 自分の好きなことに熱中できる。それがとても楽しいんです。」
 「なるほど、きみは今、何に熱中しているの?」
「そうですね、今僕は文章を読むことに熱中しています。
 たとえば僕は算数の文章題とか苦手なんですけど、
 それは国語が苦手だからかなと思っているんですが、
 でも説明文とか難しい文章は得意なんです。
 苦手なのは、詩とかそういう人の気持ちを読み取る文章で、
 今、詩をどう読み解くかということに熱中しています」
どうですか、このくだり。
 小学生と話している僕が「引き込まれていく」この感じ。
僕は「大人もがんばらなくちゃ」と思い、次のように返す。 
 「今君が言っていることはとても重要なことで、
 社会人になると、難しい文章を読める人はけっこうたくさんいる。
逆に、人の気持ちがわかる、という人は意外と少ない。
 一番いいのは、難しいことも理解できて、人の気持ちもわかることができる人。
 もし君が今、「自分は難しいことを理解するのは得意だけど、感情を理解することが苦手だ」
 と思っているのなら、その強みは伸ばしながら、
 人の気持ちを理解することができるようになるといいね」
僕が答えた言葉は、先日のリーダーシップ開発演習で田久保先生が話してくれた
 「ロジックはあるのが前提。その上で人をどう動かせるかがリーダーに求められること」
 と言う話。
 グロービスの学びと、小学生の会話がリンクする、刺激的な瞬間。
そんなことを思っていると、
 深夜特急のほうの小学生が話しかけてきた。
「お仕事は何してるんですか?」
 「僕の仕事はコンサルタント。いい会社をつくるために、どんな社員を育てればいいか、
 というのを社長にアドバイスしているんだよ。
 僕がいつも悩んでいるのは、どうやったら若い人が積極的に学んでくれるかということなんだ。
 だから、君たちがなぜこういう本を読んでいるのかが気になったんだよ。
 急に話しかけてごめんね。ありがとう。おかげで楽しかったです。」
小学生二人が答える。
 「いえ、こちらこそ楽しかったです。ありがとうございました」
そう言って小学生たちは上小田井で降りて行った。
 その一部始終を見ていた女子高生二人が互いに言い合っていた。
 「いやーイマドキの小学生はすごいわ、勉強になったよ」
 うん、僕も勉強になった。
僕がこのノートで伝えたかったのは、
「だから私立小学校に行かせるべきだ」
とか、 
「小学生から新書を読むべきだ」
とかそういうことではもちろんない。
僕が感心したのは、
 たとえ親や塾の先生から与えられた本でも、
 それを「与えられたから」という理由でただ読んでいるのではなく、
 そこから「何を学びとるか」というのを彼らが自分の言葉で表現していることだ。
 それはまさに、自分の頭で考え、表現するという力。
 今の若手社員や大学生に一番足らない力。
 僕は今日、彼らとの会話がとても楽しかった。
 もっと話したいと思った。
 「君は今、何に熱中しているの?」
同じ質問をして、引き込まれるような答えをしてくれる
 若手社員や大学生には、残念ながら、なかなかお目にかかれない。
 思えば僕もあんな小学生だったかもしれない。
 さすがに新書は読まなかったけど、
 1989年~90年に小学6年生だったから、
 チェルノブイリ事故だとかベルリンの壁崩壊だとか、
 そういうことを塾の社会の授業で学んで、
 その事件から感じたことを、自分の言葉で語っていた。
そして自分の言葉で語る僕に、真剣に向き合ってくれる仲間や大人がいた。
 (塾の先生や、友達)
 僕が社会に出てから、
 年上の人にも、上司にも、物怖じなく自分の考えを話すことができたのは、
 思うに、この小学生の時の体験が大きく影響しているのだと思う。
考える力を育てるために大事なのは、難しい本を読ませることではなく、
 「自分が感じたこと、考えたことを、自分の言葉で話す場を与え、
 その言葉にきちっと向き合ってあげること」
 だと思う。
三谷宏治さんが、「ヒマとビンボーとお手伝い」を子育てのキーワードに挙げていらっしゃるのも、
 知識や情報を詰め込むのではく、
 自分で考えて行動させる場を与えることが重要だと思ってらっしゃるからだろうし、
 小学生向けに「ルークの冒険」という発想力を育てる本を出版したのも、
 いかに小さい時から「自分の頭で考え、話す」という力を育てるのが重要かを認識されたからだと思う。
 自分の子供に、深夜特急や新書を読ませるかどうかはわからないけど、
 「自分の頭で考え、話す場を与え、その言葉にまっすぐ向き合う」ということだけは絶対にしよう、
 と心に誓った。
そして、「なんだこの変なおじさん」と思われたかもしれないけど、
 話しかけてよかったなと。