第17章 パーソナリティ障害とパニック発作

第17章 パーソナリティ障害とパニック発作
ポイント・どのようなパーソナリティ障害もパニック発作を起こす可能性がある。・パニック障害で最もよく見られるのは依存性パーソナリティ障害と回避性パーソナリティ障害である。・パニック障害は容易に治療できるが、パーソナリティ障害は難しい。・未治療のパニック発作患者はアゴラフォビアになることがあり、さらには回避性パーソナリティ障害となることがある。
パニック障害は極めてありふれた病気で、生涯有病率は1.5-3.5%である。不安性障害それ自体は一般人口に見られる精神科的問題の中でも最も頻度の高いもののひとつである。どこで起こるか分からず、何が理由なのかも分からず、強烈な恐怖と不快感が起こるのがパニック発作である。パニック発作は内部刺激や外部刺激によって誘発されるものではない。単純恐怖症はそのような刺激によって誘発される。パニック障害の経過の後半になって、パニック発作が、以前にパニック発作が起こった状況が引き金となって起こることがある。
キーポイントもし患者がある特定の状況や出来事にいつも症状を呈するなら、それは不安発作であって、パニック発作ではない。
パニック発作は10分でピークに達し、以下の4つまたはそれ以上がある。動悸、心臓のバクバク、心拍数の増加、発汗、震え、息切れ、窒息感、胸痛、吐き気、めまい、脱現実感・離人感、コントロールを失う恐怖、死ぬ恐怖、感覚異常、悪寒、ホットフラッシュ。患者はしばしば救急に搬送され、心臓発作があったのかと思われる。パニック発作と分かると、精神科医に治療を受けるように言われる。パニック障害と診断するためには、患者には反復する予期しないパニック症状がなければならず、また、最低一ヶ月、パニック発作が起こるのではないかと心配していなければならない。もし患者がパニック発作について心配していないなら、それは多分パニック障害ではなく、いろいろなパーソナリティ障害が患者の不安の表現の仕方に影響を与えているのだと考えられる。たとえば、妄想性パーソナリティ障害は自分にパニック発作がある事実を隠したがる。この情報自体が悪用されるかもしれないからである。境界性パーソナリティ障害では、世間の不正への怒りを表現するためにパニック発作が使われるかもしれない。演技性パーソナリティ障害では、パニック発作は誇張されて、医療職員の注目を最大にすることができるかもしれない。またスキゾイド・パーソナリティ障害では、パニック発作があれば、一層引きこもるだろう。依存性パーソナリティ障害では、一人で放置されてはいけないことの証明としてパニック発作が利用されるかもしれない。回避性パーソナリティ障害では、他人や状況から遠ざかるための完璧な言い訳になる。彼らはパラック発作を恐れているのでどこにも行かず何もしない。これらの患者の場合、できるだけ早く場ニック発作と診断して治療することが必要である。そうすればアゴラフォビアにならないで済む。アゴラフォビアになると外出することが恐怖になる。パニック障害患者の多くは20代に発症し、多くは女性である。ある理論では、脳の中の警報システムが誤作動することでパニック発作が起こると考える。脳の青斑核に警報システムがあると考えられている。そこにアドレナリン系神経が集中している。これらの神経細胞の軸索は大脳皮質、辺縁系、視床、視床下部と連絡している。警報システムの誤作動が起こると、ノルアドレナリン系の過剰放出が起こる。パニック発作患者の脳はアドレナリンの洪水になり、現実には何も起きていないのに、びっくりして、「闘争するか逃走するか」の引き金が引かれる。初期の人類がこのシステムを発達させたのは敵から身を守り危険から逃れるためだっただろう。どんな警報システムでも同じだが、容易に誤作動する。データによれば、脳のGABAやセロトニン系の異常によってもパニック発作は起こる。明らかに神経系の生化学的なバランスが崩れてパニック発作は起こっている。多くの人が言うように患者のイマジネーションで引き起こされるものではないようだ。抗うつ薬はパニック発作の治療に使われる(第3節に詳論)。薬剤は青斑核のレセプターをダウンレギュレーションする。レセプターのダウンレギュレーションは間違った警報システムの治療プロセスである。パニック発作の1年間の抗うつ薬治療は約50%で、その後の話ニック発作から解放された人生をもたらす。
症例スケッチペニーは23歳の警察官、女性には珍しい職業に誇りを持っている。9歳の頃からずっと、父の警察官の制服を見て、警官になりたいと思っていた。基礎トレーニングでは優秀で、積極的に仕事をし、同僚が嫌がる仕事も進んで引き受けた。ペニーはいつも自分が「特別」と信じていたし、両親、パートナー、友人からの賞賛が必要だった。一人になると、セレブを狂信者から救い出し、世界中で有名になることを夢想した。ある日、ペニーに恐ろしいことが起こり、彼女の人生は一変した。彼女はパトカーの助手席に乗って。パートナーと一緒に万引き犯人を逮捕しに行く途中だった。突然、前に投げ出されるように感じた。ダッシュボードを夢中でつかもうとした。心臓はバクバクして体は震えた。吐き気、めまい、息切れが彼女を襲った。最悪だったのは、あたかも彼女が自分の外に出てしまい、自分が死ぬのを見るような感じがしたことだ。パートナーはカーブで車を寄せて、彼女を助けようとした。彼女をなだめることができなかったので、パトカーで救急施設に向かった。血液検査と心電図はすべて正常だった。次の日内科医を受診した。再び何も異常はないと言われた。気を楽にして働き過ぎをやめるように言われた。ペニーは自分の仕事が大変だとは思っていなかった。彼女は仕事に戻って同じようにハードに働いた。最初の出来事の後二週間して次のパニック発作が起こった。その二日後には三回目の発作が起こった。どれもみな屋外で起こったので、ペニーは発作と屋外を関連付けて考えた。しかしいつ発作が起こるのかを予言することはできなかった。彼女はいつも神経質になり、最大限の知力と体力を必要とする場面で発作が起こったらどうしようかと悩んだ。発作を待つのは発作が起こっているのと同じくらい気分の悪いものだった。かつて心配もなく元気にできていた場所で心配になり憂うつになった。パニック発作は彼女の自己評価を自己愛的に傷つけたと言えるだろう。地下鉄で二人の強盗をつかまえようとしたとき、パニック発作に襲われて、強盗を取り逃がしそうになり、ペニーは事務職に変更になった。いつもパニック発作を予期してイライラして困った。同僚は気を遣って忍び足で歩くような具合だった。最終的に、ペニーはボーイフレンドに職場まで送ってもらい、一日の終わりには家に連れて帰ってもらわなければならなかった。彼女としては女性も独立して勇気があることを自分自身にも家族にも示したかったので、警官を続けたいと思っていた。自分がこれほどまでに他者に依存的になっていることについて、彼女は不愉快だった。2年の間、このように彼女は苦しみ、不安クリニックの宣伝を見つけ、精神科医に相談した。容易にパーソナリティ障害と診断され、ゾロフト25ミリが処方された。徐々に増量して数日で100ミリとした。3週間100ミリで維持し、ペニーのパニック発作は落ち着いた。2年間も我慢できたことが信じられなかった。ペニーは生活と仕事を再度拡張しないではいられなかった。再び外の仕事に戻った。パトカーでを乗り回すのは気持ちがよかった。パニック発作を予期して怖がることもなかった。ボーイフレンドに職場との往復に付き合ってもらう必要もなくなった。ペニーは以前のすべてが取り戻せたことに驚きつつ満足している。
ディスカッションペニーのパニック障害のケースは特別なものではない。パニック障害の患者は最初は心臓の発作かと思われて救急に搬送されることが多い。標準的な身体問題の除外をして、パニック障害と診断される。ペニーの場合、最初にパニック障害と診断されていたならば、2年にわたるつらさと仕事能力の低下は避けられただろう。未治療のパニック発作患者はアゴラフォビアに発展することがある。この回避行動によって旅行も移動も制限される。アゴラフォビアがあると移動のたびに誰かについていて欲しくなる。アゴラフォビアの人は一人で外出できないのが普通であり、人混みも、電車も苦手、橋を渡る、バス、電車、自動車に乗る、などができなくなる。アゴラフォビアの人の中には家から出られなくなる人もいる。
ペニーの場合はパニック障害が前面に目立つものの、背景には自己愛性パーソナリティ障害がある。彼女はパニック障害のゆえに自分は「特別」だと思い、パニック障害によって傷つけられて、かつてできていたことができなくなったと感じた。机に座って事務仕事をしていると退屈になり、人々を救うファンタジーにますます耽っていった。やっとのことでパニック障害が治ると、彼女は再度傲慢で特権的になった。自己愛性パーソナリティ障害のない人はもっと謙虚になることを学び、健康を取り戻したことを感謝するだろう。
パニック障害は治療を中断すれば再発することがある。治療が成功したパニック障害患者の中で約30-90%は再発する。ペニーは薬剤を中断しないように注意すべきだろう。少なくとも年に数回の精神科医による経過観察が必要である。

2013-03-27 19:50