神と現代物理学

神と現代物理学という問題があって何度か言及してきた

もちろん、現代物理学は、物理学者が宗教者であるかどうかにかかわらず
「神」という概念なしで、どこまで物事を説明できるかの、チャレンジである

その最高の到達点は、「神」なしでも世界のすべてを説明できたという地点である
そしてそれは、「神」は世界を、「神」なしで理解できるように作ったのかもしれないと考えさせる地点であり
それ以上の検証は難しいと思う

「神」なしで説明できないなら、当然「神」の存在は要請されるはずである
「神」なしで説明されるなら、その時は、「神」ありの説明と、「神」なしの説明とが、やっと肩を並べたというに過ぎない
やっとスタート地点なのである

言葉が不正確であるが、この宇宙が存在しているそもそもの舞台は何であるのか
この時間はどのようなものであるのか
そして空間や時間をこのように認識している人間の脳はどのように成立しているのか
その中でどのようにして自意識は成立しているのか
ここまでを「神」なしで説明し、そのあとで、物理学者と神学者は対等の議論に移ることができる
その日は遠い

原理的には不可能ではないように思うが、どうだろうか