生命保険のカラクリ がん保険のからくり

★★★★☆ (評者)池田信夫

生命保険のカラクリ (文春新書)
著者:岩瀬 大輔
販売元:文藝春秋
発売日:2009-10-17
おすすめ度:5.0
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大手生命保険会社に就職した私の友人が、3年ほどでやめて大学院に入り直した。理由をきいたら「客をだましてもうける仕事がいやになった」という。彼の話では、日本の生保は「生保のおばちゃん」を使って彼らの親戚を加入させ、外務員を使い捨てて加入者を増やしていくビジネスで、金融商品としてのリターンはマイナスだという。

おばちゃんは「万が一のときに備えるとともに利殖にもなる」と勧誘するが、そんなうまい話があるだろうか。次の二つの医療保険があるとして、あなたはどっちに加入するだろうか?

  1. 保険料が10万円で、病気になったら医療費を払ってくれる「掛け捨て」
  2. 保険料が20万円で、病気になったら医療費を払い、無事に満期を迎えたら10万円の「ボーナス」が払い戻される

この二つの保険のリスク保障機能は同じで、Bのほうが10万円を無利子で固定するだけ損なので、あなたが合理的なら、Aを選ぶはずだ。ところが、ある外資系保険会社が行なったアンケートによると、実に95%がBを選んだという。これは「掛け捨て」と「ボーナス」という言葉に引っかかる(行動経済学でよく知られる)バイアスだ。

生保は、このような錯覚を利用してもうけており、貯蓄としての収益率は手数料を引かれるだけ損になる。その手数料は、保険料の35~62%。テラ銭は競馬で25%、宝くじでも50%だが、生保はそれを上回るマイナスの貯蓄商品なのだ。しかも運用のノウハウもお粗末で、大部分を低利の国債(金利1.4%程度)で運用しているため、加入者に払い戻す利率(平均3%)と逆鞘になっており、この損失を死亡時の保険金を保険料より少なく払い戻す「死差益」で埋めている。

著者は、このような詐欺的な生保の商法に挑戦し、営業経費をほとんどかけないネット生保「ライフネット生命保険」を設立し、その副社長になった。「おばちゃん」がいない分、手数料(付加保険料)を極限まで安くおさえ、それをウェブサイトで公開した。これによって、これまで顧客の無知につけ込んでもうけてきた生保業界にも競争が生まれることが期待される。保険に加入することを考えている人には、著者は次のようなアドバイスをしている:

加入は必要最小限にしよう
死亡保障は掛け捨てでよい。貯蓄としては損
医療保障は公的保険でかなりカバーされているので、あまり必要ない
「途中で解約したら損」というのは嘘
必ず複数の会社の保険を比較して選ぼう

これから生保に加入することを考えている人だけでなく、日本のサービス業が規制に守られ、無知な客を食い物にしてもうけてきた構造を知る上でも参考になる。

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がん保険のカラクリ (文春新書)

著者(岩瀬大輔氏)は、ライフネット生命の創業者で副社長である。前著『生命保険のカラクリ』は、従来の生命保険が「マイナスの貯蓄商品」であることを暴露して、業界に衝撃を与えた。本書はその続きとして、医療保険を扱ったものだ。

実はがん保険は、日本と韓国・台湾以外にはほとんどない特殊な保険である。その歴史はアフラック(アメリカンファミリー生命保険)の歴史であり、アフラックの日本での利益は全世界の8割を占める。それだけ日本人に「がん保険」という金融商品がアピールしたのだろう。

しかし、がん治療だけを対象にする保険というのは奇妙な商品である。それはかつてのようにがんが不治の病で莫大な医療費がかかるというイメージに依存しているのだろうが、今ではがんの5年生存率は56.9%。日本人の最大の死因なので、よほど特殊な医療でない限り公的医療保険でカバーされている。つまり在来型のがん保険は、ほとんどの人にとっては必要ないのだ。

一般の医療保険にも、あやしいものが多い。もともと保険というのは、火災保険をみればわかるように、めったに起こらないが起こったとき多大なコストがかかる事象のリスクをヘッジするものだから、1泊2日の入院費を対象にした医療保険なんて意味がない。日本の医療保険は、掛け金が年間約5兆円なのに対して給付金は約1兆円しかないボッタクリである。普通の病気への備えとしては、貯金で十分だ。

もっとひどいボッタクリは公的医療保険だ。たとえば組合健保と共済組合の保険料収入は8.8兆円だが、加入者への給付は4.5兆円で、後期高齢者医療保険と介護保険に4.3兆円も流用されている。国民健保も、11.8兆円の保険料の3割が高齢者医療に流用されている。逆に高齢者医療の保険料は2.2兆円なのに、給付は15.9兆円もある。日本は年金のみならず医療保険でも、異常な老人天国なのだ。

ただ本書のテーマは民間保険なので、公的保険の説明は少ない。後半がまた生命保険の話になったりして、本としては焦点が定まらない。むしろ民間保険と公的保険の両方を合わせて、医療保険によって加入者がいかに食い物にされているかをくわしく明らかにしたほうがよかったのではないか。
2015-05-06 21:01