第21章 パーソナリティ障害と認知症

第21章 パーソナリティ障害と認知症
ポイント・認知症の種類としては、アルツハイマー病、血管性、パーキンソン病、ハンチントン病、身体病、レビー小体型などがある。・認知症はパーソナリティ障害の症状を強めたり弱めたりする。・認知症で見られる性格変化はパーソナリティ障害とは違う。・せん妄と記憶喪失は認知症とは違う。
高齢者の場合、大切な何かの喪失、ストレス増大、経済的苦境、老齢変化、健康悪化などがパーソナリティ障害の症状を悪化させる。—–handbook of Personality disorders,ed.Jeffrey Magnavita
認知症は多方面にわたる認知機能欠損が特徴である。その中には記憶障害、失語、失行、失認、執行機能の障害などがある。失語では会話、読字、かつ/または書字の障害が出る。失行は動きたいように動けなくなる、失認は対象を認知する能力が損なわれる。執行機能は複雑な行動や抽象的思考を計画し、自発的に動き、中止する機能を指す。
キーポイント記憶障害は認知証の始まりにもある症状で、終わりまである症状でもある。
認知症患者は新しいことを覚えることができないし、覚えたことをすぐに忘れる。鍵や貴重品を置き忘れ、親しい隣人を訪ねようと思っても道が分からない。ときには家族の顔や名前が分からなくなる。もちろん、こうした認知機能の障害はすべて社交や仕事で問題を引き起こす。患者は仕事、買い物、服を着ること、入浴、その他日常の活動ができなくなる。認知症の始まりの年齢は原因によるが、通常は人生の晩年である。有病率は65-69歳で約1.5%、85歳以上で16-25%である。通常認知症は進行性で非可逆的な経過を取るが、原因によっては可逆的である。アルツハイマー病では、機能脱落は徐々に始まり、進行性である。他の認知症の可能性が除外されてはじめて診断される。妄想性パーソナリティ障害の人はアルツハイマー病の始まりには、不信と疑惑が激しくなるが、最後には妄想もすっかり忘れてしまう。スキゾイド・パーソナリティ障害の場合にアルツハイマー病になると引きこもりが激しくなる。アルツハイマー病の最終局面では、他人に全く無関心になり、あるいは一部のケースでは逆に親しく振る舞ったりする。スキゾタイパル・パーソナリティ障害ではアルツハイマー病が始まると最初は妄想が強くなり、進行するにつれて完全にエキセントリックになる。反社会性パーソナリティ障害では認知症の経過全体を通じて、攻撃性と衝動性が強くなる。境界性パーソナリティ障害では特に扱いが困難である。彼らはさらにけんかしやすくなり、同時に極めて妄想性になる。しばしば他人に暴力を振るい、また自分を傷つけることもある。演技性パーソナリティ障害では感情のむらによって行動し他人の注意をひきつける。自己愛性パーソナリティ障害では自分で横柄な態度を取っているのに、いつも他人に奉仕を期待する。回避性パーソナリティ障害では認知症の始まりから他人を遠ざけるようになる。しかし進行するにつれてお世話係とうまくやるようになる。認知機能が低下して自分の不適切さが気にならなくなるようだ。依存的パーソナリティ障害では、お世話係に完全に依存して、最後には依存する必要も分からなくなる。強迫性パーソナリティ障害では、認知症が進展するにつれて強迫観念が強くなるが、その時期を超えると、そうする能力も失われる。血管性認知症は以前は多発梗塞性認知症と呼ばれた。アルツハイマー病に似て記憶障害、失語、失行、失認、執行機能障害が起こる。加えて、局所神経症状が出る。たとえば深部腱反射の亢進、歩行障害その他がある。これは脳のいろいろな部分で血管梗塞が起こるからであり、すなわち、動脈壁に血栓ができて血流が妨げられ神経細胞が破壊されるからである。アルツハイマー病患者として記述されている場合にも、いろいろなパーソナリティ障害の症状が影響を受けている。レヴィー小体型認知症では、ドパミン神経細胞が破壊され、幻視が特徴である。興味深いことに、パーソナリティ障害の症状はほかの認知症がある場合と同じように影響を受ける。
症例スケッチ
エルビアは20年間イタリアンレストランを経営してきた。62歳。ウエイターとしてスタートして、マネージャーに昇格し、ついにオーナーになった。彼女はタフなビジネスウーマンとして知られ、従業員とけんかはする、顧客を熱愛する、食べ過ぎることを愛し、無謀運転をする、大量飲酒する。レストランは彼女にとってすべてで、特に彼女に「重要な他者」や直接の家族がいなくなってからはそうだった。ある夕方、お気に入りの客がディナーにやってきた。エルビアはいつものように丁重に席を勧めて、名前はWillだったのだがTedと言ってしまった。エルビアは彼の名前をずっと覚えていてくれたし、彼の好きなメニューも覚えていてくれたので、彼は深く気分を害してしまった。別の時には二人のウェイトレスにいつもの給料を支払うのを忘れてしまった。彼らは怒って文句をつけた。エルビアは謝って、二人を事務所に連れて行った。ところが金庫の番号が思い出せなくて悩んでしまった。ウェイトレス二人は驚きのまなざしを交わした。エルビアが金庫の番号を忘れた場面など見たことがなかったのだ。彼女はやっとのことで番号を書いたメモを見つけて金庫を開けた。エルビアはお金を数えて、さらにまた数え直した。お金を数えることは彼女の一番得意なことだったので二人のウェイトレスはどこか具合が悪いのかと聞いた。エルビアは問題はないと答えたが、二人は給料を数えるのを手伝わなければならなかった。また客と従業員はエルビアが時間も不確かで皿やコップのような簡単なものの名前も言えないことに気付いた。年のせいだとみんなが思った。遠くのいとこが助けに呼ばれた。数ヶ月の交渉の後、アシスタント・マネージャーが彼女のレストランを買い取り、エルビアは看護ケア付きの施設に入居した。二人のウェイトレスが6ヶ月後に彼女を訪ねて施設に行ったところ、エルビアは彼女らを認識できなかった。彼女は一人を「マンマ」、もう一人を「お姉ちゃん」と呼んだ。
ディスカッション
このスケッチはアルツハイマータイプの認知症(AD)の典型例である。エルビアは65歳以下なので初老期発症である。アルツハイマー病は女性に多い。エルビアは意識障害もなく、妄想やうつ病もないので、複雑なタイプではなかった。ADはゆっくりと進行性の病気なので、おそらく人に気付かれる何年も前からエルビアはアルツハイマー病だったのだろう。周囲の人は彼女の境界性パーソナリティ障害に先に気がついただろう。怒り、攻撃性、よい人(客)と悪い人(スタッフの一部)に人々を分割(スプリッティング)していること、などが明白な証拠である。認知症の始まりには行動が活発になり、進行してからは静かになり引きこもった。ADの原因は現在も不明である。脳の顕微鏡的変化としては神経原繊維変化と老人斑がある。肉眼解剖的変化としては前頭葉と側頭葉の萎縮がある。検死解剖がADの確定診断の唯一の方法である。ダウン症候群の人はADの有病率が高く、40歳代でADになる。人格変化としては感情の不安定、衝動コントロール不良、怒りの突発、顕著なアパシー(無感情)、妄想傾向(パラノイア)がある。エルビアはこのどれも当てはまるが、彼女の境界性パーソナリティ障害でも、このことを説明できる。実際はこれらは彼女にとっては新しい症状ではなかった。もしこれらが新しい症状であり、60歳代で始まったものならば、性格変化と言えるだろうが、実際には彼女はⅡ軸障害を最初から持っていた。いろいろなタイプの認知症で多くの患者は性格変化を起こすが、医師は最初からパーソナリティ障害を持っていなかったか、確認する必要がある。
せん妄は、意識障害の一種であり、普通は認知症とともに始まるものではない。エルビアがせん妄を呈したとして、短期間のことであり、始まりと終わりがあり、たぶん何かの身体的原因があると考えられる(たとえば薬剤過量)。せん妄はADやパーソナリティ障害から当然に生じるものではない。記憶喪失は記憶の障害で、通常は意識障害や認知症のコンテクストでは用いられない。 ーーーーー
紹介が簡単すぎるので色々と誤解が生じるのかもしれない
極めて簡単な紹介と思って下さい

境界性パーソナリティ障害に気付くとか気付かないということに関しても
そう簡単なことではない

むしろ逆に、人に対して腹を立てたときに、発達障害ではないかとか、アスペルガーではないか、パーソナリティ障害ではないかとか、過剰診断する場合の方が多いので注意が必要である
2013-03-27 19:50