生活保護を説明する

“実は、昨今、生活保護制度に対して強い偏見や差別感情を持つ者には2種類あって、一方はネット情報鵜呑みで生活保護受給者など一度も見たことがない空想世界のお兄さんたち。もう一方で少なくないのは、K君のようにそれまでの人生の中で実際に身近に受給者が居た者だ。当然のことながら、後者に生活保護制度の必要性を説くほうが難題。
だが僕はこれまでの取材の中で、貧困者を差別し攻撃する元貧困者や貧困当事者との対話も重ねてきた中で、ちょっとしたズルい物語を考えてきた。
それが「連れションと月イチ生理の謎」だ。
なぜ人は「連れション」するのか
「K君は、女の人が集団生活を始めると、なぜか生理の周期がそろうようになるって話を聞いたことある?」
「ないっすね」
「じゃあK君は、友達と連れションしたことある?なんで人は、連れションするんだと思う」
「どっちが遠くに飛ぶか競うため?」
ちげーよ。だがK君は少し興味をひかれたようだ。
「じゃあK君は、人類の発祥がアフリカだって話は知ってる?」
「まあ、らしいっすね。それと連れション関係あるんすか?」
それが超関係あるんだよ、と言うと、K君は身を乗り出してきた。
「人類はアフリカで生まれて、そこから世界中に広まった。けどそれは当然原始時代の話だから、みんな足で移動したわけ。そう考えると、人類はそもそも“集団で旅をする生き物”だった。でも集団で移動するとき、誰かが小便したくなるたびに全体の足を止めてたら、全然旅が進まないでしょ?女の人が生理になるたびに止まれないでしょ。だから人類はこうした旅を止めなければいけない生理現象はみんなで一緒にする。連れションするし、女性の生理は共同生活をしているとペースがそろってくるわけ」
「ほおおおおおおお」
実はこの情報のソースは僕の記憶にもうっすらで、たぶんSF小説の大家である故半村良氏の作品だった気がするが、ソースの信憑性はどうあれ、こうしたたとえは若者、特に知的好奇心の強い男子にはすこぶる引きが強い。
「で、それと生活保護と何の関係が?」
「人が群で移動する理由は、同じ場所に定住していると人口が増えて、自然採取の食物が足りなくなって、そこで争いが起きるから。だからより長く安定して暮らせる場所を求めて人類は旅をしてきたし、安定して同じ場所に暮らすために農耕を発達させてきた。となると、農耕発祥以前の旅する人類の目的は、安住の地にたどりついて、そこで社会を築くことなわけ。でも、その旅の途中で群の誰かが怪我して倒れたらどうしよう?放っておく?実はここでその怪我人を乗せて旅を続ける担架が、生活保護なんだ」
「ちょっと意味わかんないっすね」
「じゃその先を考えてみようか。旅する人類の目標は、旅の目的地に到達して、そこで安定した社会を築くこと。でも社会を作るには、働き手が沢山必要になる。木を切って井戸を掘って家を建てて畑を作って道路を整備して、そういう社会基盤を作るためには、働き手が必要でしょ?でも、辛い旅の途中で怪我した人をみんな置き去りにして来たら、せっかく安住の地に辿り着いても人手が足りない!ってなって困るわけ。だから、一時的に怪我をして働いたり歩いたりできなくなっている人は、まだ歩ける人が担架に乗っけて目的地まで運ぶ」
「でも日本人はもう旅なんかしてないっすけど。先祖は朝鮮とかモンゴルとかとのミックスなんですよね」
なぜ年中あちこちで道路工事をやるのか
よし、完全に食いついた。というか、元詐欺犯のK君は日本人のルーツに興味があるのか。
「確かにそうだよ。いまの日本は民族移動してるわけじゃないけれど、1カ所に定住した後に集団が発展していくのは、旅と同じことだとも考えられるだろ。それに一度作った社会基盤を維持存続させていく段階でも働き手は必要。たとえばK君ってクルマ好きだよね。K君のヴェルファイアが普段走ってる道路のアスファルト舗装って、何年持つか知ってる?
「ん~、50年ぐらいですかね?」
「いや、基本設計では10年の耐久性ってことになってる。10年で壊れてくるから、年中あちこちで道路工事ってやってるわけだ。道路だけじゃなく、ガスも電気も水道も建物も、人が作って社会のために役立てているモノには全部寿命があって、作り続ける人手がないと、社会っていうのは維持ができないものなわけ」
「なるほど……そういえばこの間久しぶりに地元に戻ったら、団地の近くの道がボッコボコにヒビとか入って穴も開いてて、車が通れる道なのに普通にコンクリから雑草生えてましたね」
それはまた相当に貧しい自治体だな……などという僕の驚きは隠して、ここからがズルい物語の締めだ。
「となると、やっぱり担架があったほうがいいよね。みんながヒイヒイ言って歩いてる横を担架に乗ってる人がいたらズルいって思うかもしれないけど、集団の最終目的のためには彼らも必要な人材なんだ。そのためにあるのが、生活保護って制度なわけ」
さあ、反応はどうだ?基本的にはこのロジックで、大体の若者は「なるほど!」となってくれる。結果ありきで誘導的な説話だが、1日のうち数時間をまとめサイトの閲覧に費やしているようなタイプの若者には、その後の考察の端緒を与えることはできる。だがK君の場合はどうだろうか。
「でも鈴木さん」
ヤバい。やっぱり彼は強敵だった。
「その考えでいったら、目的地に到着した先でも、その組織のために働けない人は、担架に乗せる必要はないですよね。たとえば障害者とか、高齢者とか……。保護したところで、あとから道路工事する人になれないっすよね」
集団ではなく組織ときたか……。さて困った。実際に生活保護の受給者は近年とみに高齢者、母子世帯、障害・傷病者に集中する傾向にある。その大半は働「か」ない人たちではなく、働「け」ない人たち。彼らを担架に乗せる理由は何だろう。
そもそも生活保護法の根拠は憲法25条の国民の「生存権」にあるが、そうした法解釈は非常に専門的な議論で肌感覚が薄く、前段の連れション理論のほうがよほど説得力をもつ。
「詐欺犯罪」で洗脳される若者
まして、これまでの僕の著書にも書いてきたことだが、ことに特殊詐欺犯罪の界隈では有資産の高齢者から金を奪うことを正当化する洗脳的研修が日常的になっている。日本の金融資産の大半を高齢者が保有していることや若者の貧困をソースにして、「大金を持つ高齢者から多少の金を奪うことは最悪の犯罪ではないし、金のない若者からさらにむしろうとする行為よりはマシ」「むしろ高齢者をターゲットにした詐欺は、非合法の再分配である」といった理屈の刷り込みが行われている。
K君もまさにこうした洗脳を受けているから、連れションの説話は簡単に「やっぱ老人騙す詐欺は悪くない。金抱えてもう働かない奴から金取るのは悪いことじゃない」というロジックの裏付けにされてしまいかねない。
だがここで僕が思うのはどうやってその先を説諭すればいいのかではない。あふれるのは、なんてもったいないんだろうという、ため息だ。
K君は明らかに、かつて子どもの貧困の当事者であって、今も貧困の生い立ちの被害者だ。今はかつての犯罪収益金を種銭に飲食経営事業などやっているが、元詐欺犯の飲食経営が何年もうまく続いたケースを見たことなんてない。落ち目になればまた裏稼業の世界に戻り、生き馬の目を抜く裏社会の中で時代の趨(すう)勢についていけなければ、いつか逮捕されて出所後には自らが大人の貧困の当事者になりかねない。
カラッとした快活な性格で、よく笑い、友達思いで、なによりすこぶる頭の回転が早くて、こんなK君が中卒の院卒(少年院卒)なのだ。もし環境が違ったら、彼はどんな人材になっていたのだろう。そう思うと、その社会の喪失感がなによりも悔しいが、実はこうした反応は、昨今のブラック企業でバリバリ働いてしまっている若者にも少なくないものだ。
ともあれ必要なのは、この働「け」なくなっている人たちを社会がケアする根拠と方法について、連れション理論と同じぐらいの肌感覚で説明する物語だ。K君への説諭は次回へと続く。

2016-07-03 18:17