” ただ延々と父と娘と馬の日常が、ほとんどセリフなく描かれている映画という情報で、絶対に映画館で観たくないと思った。凄い映画なのかもしれないけど、かなりの忍耐が要求されそうで、腰が引けてしまった。それでビデオが出るまで待っていた。 観たら想像と全く違っていて、画面に釘付けになり、最初から最後まで映画的高揚感に包まれて幸せだった。 最初の馬が強い風の中を必死で走るシーンで完全に打ちのめされてしまった。物凄く優れたロックの持つ高揚感と同質のエネルギーを感じた。たくさんの映画ファンを敵にまわす覚悟で書くが、究極

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ただ延々と父と娘と馬の日常が、ほとんどセリフなく描かれている映画という情報で、絶対に映画館で観たくないと思った。凄い映画なのかもしれないけど、かなりの忍耐が要求されそうで、腰が引けてしまった。それでビデオが出るまで待っていた。
観たら想像と全く違っていて、画面に釘付けになり、最初から最後まで映画的高揚感に包まれて幸せだった。
最初の馬が強い風の中を必死で走るシーンで完全に打ちのめされてしまった。物凄く優れたロックの持つ高揚感と同質のエネルギーを感じた。たくさんの映画ファンを敵にまわす覚悟で書くが、究極のビデオクリップだと思った。
確かに淡々とした日常が描かれているだけなのだが、その日常が持つドラマ性、実は日常は究極の非日常なのだという深い真実、それが凄まじい緊張感を持って画面から伝わって来る。
簡単に言ってしまうと、映画のテーマは世界が失われていく、世界が終わっていく、それを映画的なリアルの中で観客に伝えていくことだと思う。
世界の終わりはエイリアンが攻めてきたり、異常な天候異変が起きたりして起きるのではなく、馬が餌を食べない、井戸の水が枯れる、という日常の些細な変化の積み重ねによって訪れるのだ、という事を息苦しいほどのリアルで映画は観るものに伝えて来る。
監督のタル・ベーラは「言いたいことは全て語りつくした」と、これを遺作にすると発言している。
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