脳に直接データを書き込む問題

マトリックスなどで描かれているが
脳に直接データを書き込む

現在我々が家庭で使っているPCの仕組みの延長と考えれば
簡単にイメージできるが
ハードがあれば、そこにOSをインストールできるし、アプリケーションもデータも書き込める

その場合、五感で感じる部分については直接入力すればいいので
いまでもイメージしやすいが
「体験」ではなく、その解釈としての「感情」「認知」を書き込むことがどのようにして可能だろうか
という問題はある

また、五感に入力するということで考えれば
空間体験は問題ないものの、
時間体験については圧縮できるのかどうかという問題がある

音楽を圧縮したデータで体験するということが
一部の特別な人以外でどのように可能だろうか

いとぐちは夢ではないかと思う
我々は夢のなかでほぼ一瞬のうちにある程度長い時間を経験したりしているように思う
これをヒントに考えれば、時間体験データの圧縮入力もできそうな気がする

もちろん、最終的なデータ形式が理解できていれば
そのように書き込めばいいだけなので
長老の体験を赤ん坊に移植することができて
世界は大変住みやすくなるだろう
(そうかな?)

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脳に直接データを書き込むと考えると
書き込む側と
書き込まれる側が分離するので
それは大変に嫌な社会だと思う

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昔からある比喩で、
脳とPCを並べて考え、
故障の部位で分類し、
ハード、OS、アプリ、データなどと分類する

PTSDなどはデータ部分を書き換えればいいらしい
シゾフレニーはハード部分に問題があり、そこに起因して、OSにも、アプリにも、データにも、影響が及ぶ

(現在我々が使ううつという言葉で考えるとして)
うつはハード部分に起因するうつもあり、データ部分に起因するうつもあり、さまざまという様相だろう

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問題は客観世界(それがあるとして)の状態と
脳の状態が相関していること

しかも脳は客観世界の一部であること

などが私にとっての問題である

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他人の脳が客観世界の一部であることは問題ない
そしてそれと同じように自分の脳も客観世界の一部に違いないと推論するに決まっている

しかしながらその自分の脳がこの客観世界を感知して解釈しているのであって
そこを単純に「大きな誤解と単純化があるだけだ」と結論することもできるのだが
そうでばかりもないような気もする

うちのおばあちゃんの脳は単純であり
世界は自分にはわからない程度に複雑であると割り切っている
それぞれの程度でそれが成立しているということでいいのだろう

それで何も問題はないような気もする

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一番単純な脳を持っていたおばあちゃんが一番幸せに生きたような気がする