2000万人に嫌われ、200万人に熱烈に支持され、1億人に無視される本を書いたら

“2000万人に嫌われ、200万人に熱烈に支持され、1億人に無視される本を書いたら、その作者はミリオンセラーの大ベストセラー作家になる。本の売り上げ部数の最終決定権は、あくまでそれを買う人々が握っているのであって、それを嫌っている人々ではない。アンチたちがどんなに多数で、どんなにがんばってその作家の評判を貶めようと、わずか200万人の支持者の心を動かせなければ、結局はそのゲームは支持者と作家の勝ちになる。”

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 1970年以前の日本は、脂肪摂取比率20%を満たしていない。そして、そのころ日本人の死亡原因のトップはやっぱり脳卒中で、適正脂肪摂取比率を満たした1975年ごろから脳卒中での死亡数は「急速に低下」したわけだ。

 はたして、「日本型食生活」といわれて思い浮かべるのは、1970年代より以前の食事だろうか。それとも、1970年以降の食事だろうか。言われた人の年代にもよるだろう。でも、1970年代以前の食事を思い浮かべる人も多いと思う。その食事は、「健康的」ではない。「日本型食生活」という言葉は、日本の「伝統的」食生活が体にいいのだという誤った情報を流布しかねない。そのような言葉の使用は、やめたほうがいいと思う。*1

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“マゾはみんなメンタル拗らせてるっていう認識は間違ってるけどメンタル拗らせるとマゾに転びやすいってのはある気がする これ多分前にも言ったけど、要するに身体の主導権を他人に渡すとめっちゃ心が楽なんすよ”

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何の本で読んだのか忘れてしまっているが…こういう話を読んだことがある。

ある会社で、非常に優秀な技術者がいた。彼は有能でほとんど毎四半期ごとに優れた成果を出していた。ただ、彼は非常に…よくいえば謙虚、悪く言えばシャイで、ある成果が彼の成果であることを調べるのは、彼の上司にとってかなりの労力が必要だった。

この会社の社長は彼に報いるために、毎回彼を社員ミーティングの場で表彰し、ボーナスを与えていた。彼はそのような場でも、自分はこのような表彰をされるに値するようなことはしていない、という趣旨のことを毎回述べていたが、誰も彼の主張に耳を貸そうとはしなかった。

で、10回目の表彰の直後、この技術者は辞表を提出した。

人事部があわててヒアリングを行った結果判ったのは、

* 彼は人前に出るのが苦痛であり、表彰式などは拷問でしかなかった事
* 表彰されるたびに新しい仕事が降りかかっており、ろくに有給休暇も取れない状態になっていたこと
* 彼にとって仕事を離れての有給休暇のほうがボーナスよりもはるかに重要であること

で、人事部はこの技術者に対する表彰の停止と、優秀な成果に対しては有給休暇の追加とそれを自由にとれる権利をもって答えるべきである、と社長に説き伏せ、この技術者の流出を阻止した…

ペレルマン博士の話も、これと同じことだと思う。人前に出るのが苦痛な者に、優れた業績の報酬として人前に出ろ、というのは明らかに間違っている。成果に罰則をもって当たる行為そのものだ。

彼にとって大事なのは、ゆっくりと数学について思索できる環境であって、マスコミ対応をしなくてはいけない有名人化ではない。もし賞金をもらうときの条件に「報償を与える側の都合に合わせてマスコミに露出しろ」というものがあれば、きっとそのような報償は受け取りを拒否するだろう。

天才のこのような要求を無視して押しかけて無用なストレスを与えるなら、そのようなことをしなかった場合に得られたであろうさらなる数学的発見が失われることになりかねない。そういう事を配慮しないで、ペレルマン博士を追いまわしたり、特番を組んだりする連中は、明らかに マスゴミ の名に相応しい。

—      謙虚すぎる数学のヒーロー

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取次が総量規制をはじめると何がたいへんなのか、出版業海外の人にもわかるように説明します。

書籍は委託制で販売されています。つまり出版社は本を取次に委託し、取次は書店に委託する。

たとえば卸値500円の本を1万部刷って、出版社が取次に卸します。この際重要なのは、売れた分だけ取次からお金をもらうのではなく、取次に委託した分すべての金額をいったん取次から受け取れること。つまりこのケースでは500万円収入。

でも仮に1万部のうち書店で5000部しか売れず、残り5000部は返本されたとします。そうすると出版社はこの5000部分の代金250万円を、取次に返さないといけない。これはたいへん!

そこで出版社はあわてて別の本を1万部刷って、これをまた取次に卸値500円で委託します。そうするといったん500万円の収入になるので、返本分250万円を差し引いても、250万円が相殺されて入ってくる。

これこそが永江朗さんが言っている「本の金融化」といわれる恐ろしい状態。出版社は返本分の返金を相殺するためだけに本を刷りまくるという悪のスパイラルへと陥っていくのです。

ここで取次側が総量規制をするとどうなるか。出版社の側は返本分をカバーするだけの新刊本を取次に卸せなくなり、これによって取次に返金しなければならなくなる事態が、ついに到来してしまう。

自転車操業だった出版社の中には、返金できなくて資金ショートするところも出てくる、ということです。

取次はこれまでは書籍流通プラットフォームとしてお金が集まっていたので、なんとかこのバブルを維持できていましたが、出版業界全体が縮小する中でそろそろお金を回せなくなってきている。

もう「本の金融化」を維持させるだけの体力がなくなりつつあるということです。これがバブル崩壊。バン!で出版社が次々に倒れていく最初の兆候。以上、説明終わりです。

—      

Twitter / 佐々木俊尚 (via clione)

いえす。これくらい理解してればあちこちの話を誤解せずに済むと思います。端的で分かりやすい。さすが佐々木さん。

もうちょっと上に行こうとしたら、1)各社の資金繰りの仕方、2)業界の外からの与信(特に銀行)、3)全体としての資金サイクル、4)これら全体の指数トレンド、5)取次の資本構成と業界ガバナンス、6)フィクサーはダレ?、みたいなところを足せばいいと思います。

思います、ってなんか多くなっちゃいましたね。すいませぬ。

あと、金融化って書くとかっちょいいけど、これ質草にもなってないのは読んで分かりますよね。実体資産性が薄くなるバイアスがかかるので(ゼロじゃないけど)。要は借金と変わらんのですよ。そして貸す方も担保性を見てないってことは、なんちゃらハザードみたいな感じの方が近い。

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★「日本人の書籍離れ、Amazonの普及が街の本屋を壊滅させた」という論調は皮相的。

 Amazonが普及しなくても、経営者が高齢化して後継者がいない街の本屋の減少トレンドは変わらなかっただろう。

★むしろ、個人経営商店インフラの後継者として「Amazonという書籍流通インフラ」が出現した書籍業界は「恵まれた方」だ

★個人経営商店主が鬼籍に入ったあとに後継するプレーヤーがいない業界が一番問題。

 日本の中小企業メーカーの大半は、経営者が鬼籍に入ったら廃業に追い込まれる。日本のモノ作りの基礎体力が低下する(モノ作りインフラの崩壊)

★自分が関係する住宅業界の隠れた課題、最大の課題はこれ。
 いわゆる「棟梁」「工務店」の後継者が不足している。このままでは「家を作りたくても、建てる人がいない」ということになりかねない

★宮脇書店とか、地方でも法人組織な書店は生き残ってる。

 零細本屋廃業理由は、「本が売れないから」というより、「後継者問題をクリアできない個人商店の限界」だと思う

★たとえば、個人経営が多い「そば・うどん屋」って、ものすごい勢いで廃業してる。

 しかしその理由を「日本人のそば・うどん離れ」とか「丸亀製麺のせい」と分析するのはトンチンカン。

 「零細本屋が潰れるのはAmazonのせい」と言うのは、それと同じくらいトンチンカン

★まあ丸亀製麺が伸びたのは、個人経営のそば・うどん屋が激減してると言う供給プレーヤーの変化を巧く捉えた、と言う面もある

★駅前不動産屋とか、そろそろ創業者が70代でリタイア時期。多分、大手仲介会社が伸びるんだろうな

★いわゆる「街の電器屋さん」も、そろそろ代がわりの時期。ヤマダ電機が伸びなくても、早晩廃業する運命にあった

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“1980年、「ノーベル賞受賞者精子バンク」とも呼ばれた伝説の精子バンク 「レポジトリー・フォー・ジャーミナル・チョイス」が創立された。優生学に取り憑かれた富豪ロバート・グラハムに
よってつくられたバンクには、ノーベル賞受賞者3名を筆頭に、科学者や技術者、オリンピック金メダリストなどの
精子が集められた。

 当時、他のバンクがドナー情報をほとんど公開していなかったのに対し、このバンクのカタログには職業、IQ、
家系、性格、趣味などの情報が記載されていた。「選べる」ことに狂喜して精子を注文したのは、医師や看護師、
心理学者など、教養のある女性たちだった。

 資金難で閉鎖されるまでの19年間に、高齢すぎたノーベル賞受賞者の精子は子供を宿さなかったものの、
誕生した子供は217人にのぼる。果たして彼らは天才に成長したのだろうか。

 その一人、ドロン・ブレイクは、2歳でコンピュータを操り、5歳でハムレットを読むIQ180の天才児として騒がれたが、
現在は小学校教員だ。追跡できた子供たちの大半は優秀とはいえ、教育熱心な母親に育てられたレベル。
ダンスや歌に秀でた者がいる一方、自閉症や難病を患う者もいる。

 全体として平均値は高いが、グラハムが夢見た選ばれし天才は一人もいない。

http://news.ameba.jp/20131205-344/”

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インターネットとは知性を持ったねこ画像たちがみずからを増殖させるべく人間を操って開発させた陰謀の産物

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“夫は常に優位に立っていなければなりません。だから時々妻を怒ってやらなければなりません。 それに使われるのがこの「後出しじゃんけん」です。暑いからエアコンをつけようとしますね。 「つけていい?」と聞けば「聞かなければわからないのか!」と怒鳴ります。黙ってつければ 「そんなに暑くないのになぜつけるのか!」と怒鳴ります。つけなければ「こんなに暑いのになぜ エアコンをつけようとしないのか!」と怒鳴りつけます。エアコンのスイッチひとつで妻は悶々と 悩むことになります。それが毎日続くのです。”

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多分、地理の先生からだと思うツイートがあったので自分の考えを少し。確かに、高校で世界史が必修になり、地理は日本史と組んで、日本史の後塵を拝することになって久しい。高校での履修者は明らかに減ってしまった。

でもね、いまの世界を空間的に認識できなくて、グローバルもへったくれもありません。きのうのNHKの若手論客討論番組で、一人のパネリストが「日本人は英語を学んでシリコンバレーに行かなきゃダメなんだ」と叫んでましたが、どうしてシリコンバレーはITの中核地域になったの?

シリコンバレーには、誰が働いてるの?そこには中国やインドの移民がわんさと群がっていると私の博士課程の弟子が教えてくれました。彼女の博士論文は、シリコンバレーと移民の問題。グローバルに活躍する人物を養成するには、たとえばシリコンバレーが、どんだけグローバルな知の集積をしているかを

知っていなきゃ意味ない。ただ、シリコンバレーだ、英語だ、と騒いだって、地球(グローブ)全体で人間がどのように国境を越えて蠢いているのかをしっかり把握しておくことが必要。将来の進路を決める大学に行く前に、高校レベルで地理を勉強することで、世界が、今、どう動いているのかを学んでほしい

今度の地理の教科書は、そこんところをきっちり書いている。もっとも、現場の高校の先生方のご要望もあって、すんごく伝統的な(たぶん高校生には辛い)内容も含まれているけどね。私が書いているのは、T書院の地理Bだけど、ほんとにまじめに書いた。

世の中、歴史認識については騒々しいけどさ。空間認識=地理的認識だって、歴史認識と同様に重要な意味をもっている。ある時代の人間の空間的領域性の認識というのは、侵略や支配の根拠として「似非科学」だったにもかかわらず科学的知識として喧伝された。ハウスホーファーの『地政学』はその典型

そう。だから自分では「地政学」って言葉を極力使わないようにしている。あれは、ドイツが近隣国を侵略するのはドイツという国家有機体は生き物みたいなものであるからLebensraum(生活空間?)なる奇妙な領域を生きるために必要とする、みたいな「地政学の理屈」とくっついてでてきた。

いまじゃふつうに「地政学」って使うけど、あれは元々ドイツ語でGeopolitikの訳。さっき書いたKarl Ernst Haushoferは、ヒトラーにも影響を与えた地政学の創始者。Lebensraumはここでは生存圏て訳すけど、ドイツが生きるためにポーランドや周辺は食べちゃって

(承前)もいいという理屈を展開したのでヒトラーに重用された。ついでに、日本のアジア侵略にも同様の理屈が使われている。ハウスホーファー自身も『太平洋地政学』を書いていて、日本列島からマレー半島までつながってるから日本の生存圏だというろくでもない帝国主義的アイデアを生んだ。

マスコミにでてくる評論家さんやジャーナリストさん。安易に「地政学」って言葉を使うべきではない。とりわけ、センシティブな領土問題で使うな!

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“萩尾 世界の宗教というのは、最初、母源的というか、女の人が神様ってところから始まるんですけど、それが途中から、男の人が神様と呼ばれるように変化していくんですね。キリスト教もそうだし、仏教もそうだし。その変化の時に、神話の中で必ず男の人は竜退治をするんです。須佐之男命が八岐大蛇を退治したり。ジークフリートがファフニールを倒したり。

竜っていうのは、巻きついて子供を飲み込んでしまう母親のイメージなのだそうです。それを克服して、男の人は一人前に、つまり人間になる。それを助けるために宗教というのはあるんだと。イスラム教もキリスト教も仏教も、男の人を助けるための宗教なものですから最初は女性参加を認めていないんですね。男はアイデンティティを確立するために、宗教的な概念が必要だったと本には書いてあったのです。

――つまり、母の象徴である竜を倒さなければ、男は一人前になれないということですか?

萩尾 そう、そうしなければ自我の自立ができないというね。

原始アニミズムの宗教、女が支配してる時はどうだったのかというと、男の人は大人になれなかった。もちろん、成長もするし、髭も生えるのに。物語として伝えられているものに、宗教催事として、畑に作物を実らせるために少年を連れてきて切り刻んで肉片をまいてそこから芽が出る、というものがあります。女の人が子供を生むために、そのぐらいしか男は役に立たないという、切り刻まれてしまうような存在だったんですね。その世界が終わって、男の人は大人になったわけです。本当に大人になったのかな?というのが最近考えてることです。”

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いっとくけど、畑や田んぼってのは人のての入った「人工物」だぞ。
扱ってるのが植物なだけで工場の生産ラインと同じだぞ
全然「自然」じゃないんだぞ。

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