「日本文化は入り口はあるが出口のない壺である」論

シルクロードでもなんでもいいんだけど
日本が一種の行き止まりの場所というのは、
実に特殊な意味があるのではないかと思ってしまう

地球は丸いんだから
日本を通って、次の場所に文化でも習慣でも知恵でも病原体でも届くはずだけれども
海という要因があって
行き止まりである
実質、東の果ての土地ではないか
その場所で起こる文化の熟成は
「通過点」での文化熟成とは違ったものになる可能性がある
「行き止まり」の熟成

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日本から発信したものもあり
たとえば浮世絵などが言われるのだけれども
軍事力が文化を拡散させることを考えてみれば
蒙古帝国やペルシャ帝国や漢字の影響力や宗教の影響力を考えてみても
日本は多分、受け取って熟成させる、一種の出口のない壺だったのではないかと考えられる

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貿易で富をなして権力を上り詰めた平氏などは例外的で
まず発信しようとしない
そしてもっぱら受信に専念する
そしてできることなら鎖国してしまう
そういう性向が見られるのではないだろうか
現状維持を大肯定するような気風とつながる

平氏などは例外だし、仏教受け入れを進めた聖徳太子も随分変わり者だったのではないかと思う

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漢字から平仮名やカタカナを創りだしたのと
解釈改憲的態度で原則を無視し換骨奪胎してしまう態度は
通じているものと思う

原理原則などは誰にとってもどうでもいいもので
とりあえずその場しのぎができればいいというだけの現実主義

それが出来ない原則主義者は「大人でない」と切り捨てられる

あっという間に積み上がった国家の借金一千兆円以上という数字も
そうした一種のだらしなさ、一種の「今、ここだけ」でいい人になりたいという主義の結果だろう
国家の借金など返さなくてもいいのだし気にするなという、国際感覚ゼロの人から、
きちんと返すから増税しろ、あるいはインフレでチャラにしろという人まで。
借金があるなら増税して返すという論は正しいようで、実は増税だけが目的だとの意図が透けて見えるので、みんな反発する
そもそも何に使ったのか、使い過ぎた人に責任はないのかという話は出てこない
水に流す、忘れる、これも国民性である
インフレにして借金の実質の額を小さくしてしまえという論は、いま借金を抱えている人には大変魅力的で、
国の借金だけではなく、円建ての借金が小さくなるのだから、ある種の層には大変魅力的である