国家主義と世界主義

時代劇では藩のために戦ったりしているが
明治以降は日本のために戦っている

してみると日本のために戦っているのは、ほんの短い期間である

自分は何者かという場合に日本人という答えで安定しているのは短い期間だろうと思う
自分を規定するときに何かの集団に頼るならば
適切な規模というものがあるはずで
現代のように情報が流通している社会では
日本主義の人は容易に世界主義に行き着くのではないか
理屈から言って当然のような気がする
宇宙船地球号の意思決定が何より重要である
ただ現状では主権国家が意識の単位となっているので
日本主義であるだけだろう

アイデンティティの根源というなら
ユーロの例が役に立つ
たとえばフランス人というアイデンティティよりも
ユーロ人と生まれた村の人間という二つのアイデンティティで生きていると堀田善衛が書いていた

地球市民という意識と生まれ育った地域の人間という意識と二つに立脚して生きる
その場合、日本という単位は弱いものになるだろう

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しかしまた別の見方もあり
所属集団を決めるのは、戦う相手を決めることだ
その見方で言うと、地球市民となってしまえば、やはり異星人がいて、
その生物から地球を守るという意識が大切になる
異星人がいないならば
対立者がいないので地球市民という意識は弱いものにとどまるだろうと予想される