聞いた話では ヨーロッパでも北と南では感情表現に大いに違いがあり 言語も感情表現に適したものであるか、 法律的な、いったん感情を遠ざけた表現に適したものであるか、 違いがあるのだという 日本でも、東京の言葉と関西の言葉では、 感情と言葉の間の距離が違うのだという 東京言葉で法律を書かれると、その人がどんな気持ちなのか、分からなくなってしまう 関西の人のほうが、感情と言葉が近いので、芸術表現などには向いている場合もあるらしい 東京言葉の人や東北の言葉の人たちは、感情をストレートに出すと言っても、 語彙

聞いた話では
ヨーロッパでも北と南では感情表現に大いに違いがあり
言語も感情表現に適したものであるか、
法律的な、いったん感情を遠ざけた表現に適したものであるか、
違いがあるのだという

日本でも、東京の言葉と関西の言葉では、
感情と言葉の間の距離が違うのだという

東京言葉で法律を書かれると、その人がどんな気持ちなのか、分からなくなってしまう

関西の人のほうが、感情と言葉が近いので、芸術表現などには向いている場合もあるらしい
東京言葉の人や東北の言葉の人たちは、感情をストレートに出すと言っても、
語彙も表現も足りないらしい

ある面では、知能が低いほうが、言葉と感情が近い。知能が高くて社会的状況を強く考慮する場合には、
言葉と感情が遠く離れる。
「分かりやすい人」と「分かりにくい人」が発生することになる。

ときどき言われるのは、九州や沖縄では躁うつ病の頻度が高いだろうと言われる
東や北はどちらかといえば単極性うつ病に近くなるようだと従来は言われていた
それならば、もちろん、芸術には関西から九州・沖縄にかけてのほうが向いているのかもしれない

しかしまた、さらに南に移動して、インドネシアとかフィリピンで芸術活動はどうかといえばまた別の問題なのだろう

また、ロシアで芸術家が量産された現象はどう考えたらいいのだろう
社会主義の一つの成果だと考えてよいのだろうか
あるいは、東ドイツのオリンピック金メダル量産と同じように、いびつな育成策の結果なのだろうか

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ヨーロッパの南北と日本の南北でパラレルな現象があるとして、それはなぜなのだろう
言語が違うということはあるのだが
その違いを生んだのは何かといえばやはり気温の違いで
気温が違うから、人間の体内の酵素の働きなどが違うことになり
またペットの寄生虫などが違えば、そのことも影響するかもしれない
たとえば猫のトキソプラズマが人間の攻撃性を左右していて、戦争に強い民族と弱い民族の差ができるかもしれないという説があった
昔は南方で蚊に媒介される病気という認識であったデング熱が、専門家の話では、
気温が高くなって、いまや日本でデング熱が大流行しても全くおかしくない環境になっているのだとかのことだった
たとえばどぶがあるとして、そこに発生する生物などは
ロシアとドイツとイタリアではだいぶ違うかもしれない

あるいは、季節変動の具合が問題なのかもしれない
夏にも冬にも適応しなければならない人たちは
主に夏にだけ適応していればいい人達とはだいぶ違うかもしれない

セックスがしやすいか、あるいはセックスも面倒なくらい寒いか、そういうことも気質の形成には関係しているかもしれない
躁状態になりセックスするとしても、現実に寒すぎて、まあまあのところで切り上げるということはあるだろう

従来言われていたのは風土は多大な影響を及ぼし
たとえば台風で大切な財産が一瞬にして失われる風土の中では
蓄財に励む習慣は失われ
どちらかと言えば刹那的で共同の助け合いを基本とする社会ができるだろう、などだろう

農村と漁村では経済基盤が違う
一攫千金の漁村では一発当てれば、魚は腐ってしまうので、祭りをして消費する文化になる
農村は計画的に収穫を待つので、一発屋は適さないことになる

そうした事情から言語に違いが生じ、それが文化として固定し、そこから感情表現の違いが生じ、
芸術活動に対する適性の違いが生じる
そうした基底的な文化は、テレビで毎日東京言葉が流れていても、消失しないものなのだろう

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たしかに、真面目そうなドイツ人気質と、イタリアのラテン気質は違いがありそうで、
ラテン的な精神医学はあまり発展せず、ドイツ的な精神医学は発展している

ギリシャの働かない人にもドイツ人の税金をつぎ込むのかとドイツ人は怒り、
ギリシャ人はそんなことは気にもかけないでデモを続けているという風景を見ると
ユーロという統一体は無理そうな気もしてくる

同様に、日本という統一体も、結構無理が来ているのではないか
だって、気質がこんなにも違うのだから

しかしながら政治的には、政策選択が北と南で基本的に違うなどという現象はなく
むしろ都市と農村とかそんな対立軸になっているのも面白い
こんなに気質の違う人達なのに

酒を飲んでどのようになりたいのか、というあたりも結構違うような気がする

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しかし一番可能性がありそうなのは、気温が酵素活性を制御するというものではないだろうか
最近では低体温の人が増えているそうで、そうなると躁状態にはなりにくいと思う
「頭を冷やせ」という言葉があるように、低温状態のほうが、抑制的になれるものなのだろう
学力の面で考えても、試験をした時に躁状態であれば結果は良くなるかもしれず、
集団としては、関西のほうが良い点数になるかもしれない
甲状腺ホルモンの亢進がある場合には成績が良くなることも知られているし
躁状態になることも知られている
感情表現が豊かになることも知られている

あるいは甲状腺ホルモンだけで考えてもいいのかもしれない
ヨードなどの関係も考えて
南のほうが甲状腺ホルモンの活性が高いと推定したらどうだろう

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しかしそうこうしているうちに日本全体が高熱になり
春と秋が短くなり
暖冬もあるけれど豪雪の冬もあるようになった

春と秋がある程度長いことが性格形成や芸術性の涵養には大切とも思うのだが
どうだろう