第26章 パーソナリティ障害と性別について

第26章 パーソナリティ障害と性別について
ポイント・男性に多いものがある。反社会性パーソナリティ障害。・女性に多いものがある。境界性、演技性、依存性。・有病率の違いは実際にそうである場合もあり、社会的な理由もある。・女性は一般により感情的で不安で劇的(クラスターB)であると考えられている。したがって境界性、演技性、依存性は女性に多い。・男性は社会のルールを破っても容認される面もあり、したがって反社会性が女性より多い。
男の子は泣かないの。—–1999年の「Boys don’t cry」の主人公(境界性パーソナリティ障害)に通りすがりの女性が語る。
成人男性と少年は女性よりも反社会性パーソナリティ障害と診断されやすい。有病率は男性の3%に対して女性はわずか1%である。刑務所や薬物中毒治療センターではもっと高くなる。基本的に、反社会性パーソナリティ障害では他人の権利を無視して蹂躙している。少年は少女とは違うように社会化される。両親とも、少女がやったらとても我慢出来ないような攻撃的で軽蔑すべきような行動を少年の場合には容認していたりする。男の子は男の子と昔から言われ、男の子は乱暴なものだし、若者は常に腹をすかせているし、とかく羽目を外したがるものと考えられている。このことは我々の社会では重要な意味がある。もし少年が規則や社会規範を破ったら、多くの親がそれを創造性と見るかもしれないのだ。もし少女が社会の秩序から逸脱したら、両親は恥じて良い行いに引き戻そうとするだろう。少女の行動化は両親には創造的とは思われない。少女は暴力的な喧嘩をしないように教えられるし、責任を持てとか自分と他人の安全に気を配れとか言われる。こうした社会的責任感はすべて、少女の場合の社会病質(sociopathy)の進展を妨げている。反社会性行動に関係する要因としては頭部外傷と虐待の2つがあげられる。少年は活動的なので遊びや喧嘩で頭部外傷を負いやすい。虐待は肉体的、性的、感情的分野に及ぶ。多くの連続殺人鬼は保護者から虐待を受けた恐怖すべき背景から出現している。おそらく少年のほうが少女よりも虐待を受けやすい。研究によれば肉体的攻撃性は遺伝する。ドパミン、セロトニン、いくつかの酵素などに関係する遺伝子が関与している。多分こうした子供は、特に少年は、これらの遺伝子が反社会性パーソナリティ障害に発展するのだろう。反社会性の子供は通常逆境にさらされている。攻撃性、衝動性、良心欠如は、ある個体においては反社会性パーソナリティ障害の進展と関係している。
キーポイント女性は男性よりも境界性、演技性、依存性パーソナリティ障害になりやすい。またこのことは我々の社会が少女や女性に何を期待しているかの反映である。
我々の社会では、もし少女が何かに対して強い感情的反応を示したら、少年がそうするときよりも、認められやすい。少年が泣いたり大声で不満を言ったりすると、「いくじなし」と言われるだろう。衝動性は境界性パーソナリティ障害において重要な因子であり、対人関係を不安定にし、悪い自己イメージや向こう見ずな性行為、むちゃ食いなどを引き起こす。境界性人格は常に「見捨てられること」を回避しようとしている。我々の文化では男性が対人関係を失うことを過度に気にかけるのは「男らしくない」ことと見なされ、女性の場合にはむしろふさわしいととと考えられている。男性は通常は自己イメージにあまり縛られない。自傷や自殺の脅しをするくらいなら、男性はむしろ実際に自殺する。子供時代のトラウマや無視は女性の場合に境界性に、男性の場合には反社会性につながる可能性がある。境界性パーソナリティ障害と診断される75%は女性であり、一方、男性は25%にすぎない。演技性パーソナリティ障害では過剰な感情と他人の注目を集める行動がある。彼らは注目の中心になりたがり、不適切に性的に誘惑的である。肉体で他人を魅惑しようとする。この性格の多くは女性であり、臨床ではこの診断は女性に与えられることが多い。しかし研究の中には、男女で似たような有病率としているものもある。演技性パーソナリティ障害の男性は「持ち物をみせびらかす」または筋肉や洋服を見せびらかすことがある。しかし型どおりに、医師は女性をこの分類に診断することが多い。依存性パーソナリティ障害もまた女性に多く診断される。しかし文化によっては男性もまた依存的であることが奨励される。この性格は他人にしがみつき、服従し、その人から離れるのを極度に恐れる。我々の社会では、少女が両親と家にいたいと言っても異常とは思われない。しかし少年がそういえば、がっかりされるだろう。
キーポイント少女が受動的で礼儀正しいならば、人々は彼女に好意的である。少年が同じ事をしたら、両親は彼のことを心配するだろう。
臨床では依存性パーソナリティ障害は女性に多いが、研究では男女同程度の有病率と報告しているものもある。男性でも女性でも、異性の服を着て、異性のように振る舞ってみれば、その時他人がどのように自分を扱うかを知って驚くだろう。例えば、女性がふざけて少年の格好をしてパーティに行ったとする。それがジョークと知っていた人によれば、彼女は本当に少年のように見えた。ジョークと知らない「本当の」男性からは身体的に手荒く扱われた。他の女性たちにいつものような身体接触をしようとしたとき、彼女らは彼女を避けた。こうした周囲の人の身体反応に彼女は驚いた。彼女が当然と思っていたことが全く当然ではなかった。また彼女の身体言語は意図せずに次のことを明らかにした。彼女は普段はおとなくして、膝の上に手を組んで、脚を組んでいることが多かった。それだと彼女は「男性」として居心地が悪かったので、場所を大きくとって脚を広げて座り、椅子の上に腕を広げてやっと落ち着いた。無意識のうちに我々は男女に特定の行動を期待し、その期待から外れると、何が要求されているのか、よく分かる。映画「泣くな少年」でヒラリー・スワンクHilary Swank はしばらくは少年として振舞っていたが、無意識のうちに他の男性たちは何かがおかしいと気がついた。彼らが彼女は女性だと分かると、彼女を猛烈に攻撃した。このように、我々が診断するパーソナリティ障害は男女に関する我々の固定観念に影響されている。
症例スケッチ
ナタリーはファッションセンスが良くて5フィート10インチ、120ポンド、まるでモデルのように見えた。ヘルスクラブの支配人のアシスタントとして働いたが、充分な給料はもらえなかった。それでは本物のデザイナーブランドは買えなかった。彼女は古着屋で買い物をして、痩せた体と美しい長い赤毛を魅力的に見せる服を見つけていた。彼女は我慢のきかない性格だった。あるときどうしようもないほど笑っていたかと思うと、次の瞬間には泣いていた。仕事中の暇つぶしとして好きだったのは男性の精力的なヘルスクラブ支配人といちゃつくことだった。そのボスが、クラブへの入会を迷っている男性を説得しようと思った時には、ナタリーに頼んでじゃれてもらった。女性たちは彼女をたいていは嫌ったので、彼女は女性の勧誘には有効ではなかった。彼女をデートに誘った男性は全員即座に断られた。彼女は二度恋をしたことがあるが、25歳になって見を落ち着けるつもりは全くなかった。ある夜、彼女と他の従業員5人で、仕事の後飲みに行った。ナタリーは机の上に座り、赤いドレスは形もよく、色の具合も彼女の赤毛にぴったりだった。よく笑い、マルティーニ・カクテルを大グラスにいれてちびりちびり飲んでいた。みんなで話をしてボスやメンバーをからかった。女子トイレでナタリーは女性同僚とジョークを続けたかったが、彼女はナタリーから逃れて歩き去った。ナタリーは拒絶されたと感じた。ナタリーが他人を誤解したのはこれが最初ではなかった。親友ではないのに親友だと思うことがしばしばあった。飲み過ぎたあとで、ナタリーは自分でワンルームマンションに帰り、ピンクのサテンガウンに着替えて長い髪をとかしながら椅子に座った。突然彼女は窓の外にジャンプしろと命令する声を聞いた。狭い部屋のまわりを見てみたが誰もいなかった。すると声は再び自殺しろと命令した。彼女は泣いて両手で耳をふさいだ。もちろん声は自分の頭の中から出ていたので止めることはできなかった。幻聴が過量のアルコールを引き金にして始まったのだ。次の日の朝、酔いは醒めて、気分は良くなった。もう彼女には何も聞こえなかった。
ディスカッション
ナタリーには典型的な演技性パーソナリティ障害の特徴が全部揃っている。注目の忠心にいるか男性といちゃついているかしないと彼女は無視されたと感じた。感情は極端から極端に振れた。演劇的で表現過剰である。女子トイレでのやり取りが示しているように、実際は親密ではないのに親密だと感じる。演技性パーソナリティ障害の人は自分のほんとうの感情に気が付かないのが普通なので、浅薄な感情表出を呈し、それゆえ演技性と呼ばれる。ストレスがかかると、解離(dissociate)したり、現実の正しい把握を失ったりする。特にアルコールを飲んだりドラッグを使った場合はそうなる。ナタリーは飲酒の末に幻聴があった。このように幻聴はアルコールの結果として起こることがあるし、素因のある人の場合はアルコール離脱時に起こることもある。DSM委員会はDSM5からは演技性パーソナリティ障害を変更するか除外するかしたいと考えている。女性の場合に診断されることが多く、性的固定観念と結びついていると考えられるからだ。ナタリーの位置に男性を置いて想像してみれば、全く別な受け取り方になるのが分かるだろう。

2013-03-27 19:51