「まさか、自分が」 増える30代のうつ  ◇逆ピラミッドで正社員に負担しわ寄せ 周囲の期待と結婚、転職年齢…板挟み  若い世代に「うつ」がまん延している。少し前まで、うつといえば中高年の男性というイメージが強かったが、最近では30代の増加が顕著だ。この世代で、何が起きているのだろうか。  東京都内の外資系メーカーに勤務する飯田健太さん(30)=仮名=に変化が起きたのは昨年1月。社内で他の人が言い争う声や、踏切の音にさえ動悸(どうき)がする。夜眠れず、朝が来ても布団から起き上がれない。1週間会社を休み

「まさか、自分が」 増える30代のうつ
 ◇逆ピラミッドで正社員に負担しわ寄せ 周囲の期待と結婚、転職年齢…板挟み
 若い世代に「うつ」がまん延している。少し前まで、うつといえば中高年の男性というイメージが強かったが、最近では30代の増加が顕著だ。この世代で、何が起きているのだろうか。
 東京都内の外資系メーカーに勤務する飯田健太さん(30)=仮名=に変化が起きたのは昨年1月。社内で他の人が言い争う声や、踏切の音にさえ動悸(どうき)がする。夜眠れず、朝が来ても布団から起き上がれない。1週間会社を休み、心療内科を受診すると、うつ病と診断された。うつで休職する同僚はいたが人ごとだと思っていた。「まさか自分が」
 飯田さんは営業職。1人で7社を担当し、納品管理や不具合のクレーム対応をした。対応次第では賠償問題に発展しかねず、常にプレッシャーにさらされた。それでも「一つ一つ乗り越えれば力がつく」と前向きに考えていた。
 うつ病の診断で業務は大幅に軽減されたが、症状は悪化し、1年間休職。自宅のベッドで過ごしていると、同年代が会社の中堅として成長し、幸せな家庭を築いていくのに、自分だけが取り残されている不安に襲われた。「生きていてもいいことがないなら、死んでしまいたい」という思いにとらわれた時期もある。
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 30代のうつの増加は、データにも表れる。厚生労働省の患者調査によると、うつ病を含む「気分障害」で病院にかかっている患者は1999年の44万人から、2008年には104万人となり、約10年で2・4倍に。中でも30代は5万6000人から18万1000人と3・2倍に増え、増加率が最も高い。
 うつは自殺とも密接な関連があり、自殺者の約3割はうつ病という世界保健機関(WHO)の調査結果もある。警察庁の統計では、09年の30代の自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)は26・2で、3年連続で過去最悪を更新した。中高年の自殺率が減少傾向にあるのとは対照的だ。
 30代を追い詰めるものは一体何か。働く人からのメール相談を年間7000件以上受ける横浜労災病院の山本晴義・勤労者メンタルヘルスセンター長は「不況等のしわ寄せで企業側の包容力が低下している」と指摘する。会社の中堅の30代は仕事量が多く責任も重くなる。リーダーとなって部下を束ねる立場になるが、権限は上の世代の管理職にあり自由度は低い。「もともと負担が大きいのに、IT化などで社内のコミュニケーションが希薄化していて孤立しやすい。上司の側にも、部下の孤立に気づきケアする余裕が失われている」と言う。
 第一生命経済研究所の熊野英生・首席エコノミストは、「今の30代は就職時期が不況と重なり、採用人員が抑え込まれた就職氷河期世代。重みのある仕事を任される年代を迎えているが、かつては大勢で分担した仕事を今は少人数でこなさなければならず負担が増している」とし、社内の人口構成が逆ピラミッド化している問題を指摘する。
 日本生産性本部が06年に上場企業2150社を対象に実施した調査では、「最近3年間で心の病が増加傾向」と答えた企業は61・5%。10年の調査では44・6%だったが、依然として半数近い企業が「増加傾向」としている。中でも、心の病が最も多い年齢層は58・2%が30代と回答。「非正規社員に対し正社員は『勝ち組』とされるが、今や好待遇の安泰の地位に安穏としている人はほとんどいない」(熊野さん)。リーマン・ショック後に派遣切りが社会問題化したが、正社員にもしわ寄せが及んでいるのだ。
 飯田さんの会社も、08年秋のリーマン・ショックによる業績悪化で、大規模なリストラを断行。受注に生産が追いつかず、取引先で納期の遅れを謝る日々が続いた。心身に変化が表れ出したのは、そんな時期だった。
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 都内の広告代理店で働く宮下由紀さん(33)=仮名=も、きっかけはリーマン・ショックだった。入社8年目を迎え、小さな会社だが営業の仕事に加え管理部門の責任者を任され、やりがいがあった。外回りで人に会うのも楽しく、朝7時に出社し終電で帰宅する毎日も苦にならなかった。
 しかし、リーマン・ショックで売り上げ目標を達成できなくなると、上司のイライラは宮下さんに。「どうなっているんだ!」「今月は全然増えていないだろう!」と厳しく叱責されるようになる。期待に応えようと休日出勤を続けたが、08年秋に急に食欲がなくなり体重が5~6キロ落ちた。「何か食べないと」とコンビニに行くが、何を買うかを決められず買わずに帰ってきてしまう。心療内科を受診し「典型的なうつ病」と診断された。
 その後、休職と復職を繰り返し、病院では転職を勧められたが、それでも会社に戻りたかった。「ずっと仕事中心の生活で、仕事を通して成長したかった。仕事が私の居場所だった」。頼ったのは、カウンセラーの澤登(さわと)和夫さん(37)だった。
 澤登さんも以前、過労からうつ病になり、05年にビルから飛び降り自殺未遂した経験がある。過去の自分の体験を生かして、09年からカウンセリングルームを運営。30代からの相談が多く寄せられる。
 澤登さんは「頑張り屋で頼まれた仕事は何でも引き受け、ノーと言えない完璧主義の人がうつになりやすい。上司は『こいつなら大丈夫』と仕事を振るが、ストレス許容量を超えて頑張りすぎ、うつになってしまう。30代は上の世代に比べて価値観が多様化しているように見えるが、世の中の評価基準は変わっておらず、仕事で認められることに自分の存在価値を見いだしがち」と話す。宮下さんも「自分の頑張りが足りなかったのではないか、逃げているだけなのではないか」と自責感にさいなまれていた。「頑張っても成果が出なかったり、給料が減る中で、自分の存在価値が分からなくなってしまうのではないか」と澤登さんは言う。
 冒頭に登場した飯田さん。今年春に復職したが、気分の浮き沈みが大きく休みがちとなり、最近退職を決めた。「30代は会社の期待が大きく仕事量も増え、プライベートでは結婚の時期を意識したり、転職するにしても年齢的な期限が迫る。会社員としても人生でも板挟みの状況だった」と振り返る。

 本来なら気力も体力も充実し働き盛りの30代。若い世代が希望を持てる社会でなければ、明るい未来は描けない。
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