「勝手に辞めるな!辞めるなら迷惑料払え!」 こんなブラック企業に負けない術と法律知識 「ブラック企業」という言葉がすっかり市民権を得た。働く人のなかで労働基準法などの法律と自らの権利について意識が高まり始めているのだろう。しかし、具体的に法律の中身について理解している人はまだまだ少ない。中身を知らなければ、会社に対して権利を主張することもできないし、自分がどの程度会社に権利を侵されているかも判断できない。実際に退職の際に社長に脅された事例を元に、従業員はどのように権利を守れば良いのか、また権利を主張し、

記事採録
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「勝手に辞めるな!辞めるなら迷惑料払え!」
こんなブラック企業に負けない術と法律知識
「ブラック企業」という言葉がすっかり市民権を得た。働く人のなかで労働基準法などの法律と自らの権利について意識が高まり始めているのだろう。しかし、具体的に法律の中身について理解している人はまだまだ少ない。中身を知らなければ、会社に対して権利を主張することもできないし、自分がどの程度会社に権利を侵されているかも判断できない。実際に退職の際に社長に脅された事例を元に、従業員はどのように権利を守れば良いのか、また権利を主張し、会社に物を言うときに、どのようなことがポイントとなるのか解説していこう。
最近多く寄せられる
“辞めさせない”企業
先日、都内の小さなIT企業に勤める30代の男性からこんな相談を受けた。
?「理不尽な暴言などのパワハラに耐えかねて会社を辞めたいと言ったところ、社長から、『会社と従業員は雇用契約という契約で結ばれているんだ。正社員との契約は期限も定められていない。契約である以上、勝手に解除なんかできないだろう。お前が抜けた穴が埋められない状態で簡単に辞められると思うな。辞めるなら会社に迷惑料を払え』と脅されました。何とかして会社を辞めることはできないでしょうか……」
実はこのような相談は、最近見られる退職に関するトラブルだ。以前は、「会社を解雇された」「執拗な退職勧奨を受け、不当解雇されそう」という相談が大半だった。ところが、この数年はまったく労使の立場が逆で「会社が辞めさせてくれない」という相談が増えている。
冷静に見れば、「そんなにいやな会社なら社長の脅しなんか気にせずに一方的に辞めてしまえばいい」と思うが、相談者はそのような発想が思い浮かばないほど、会社が従業員を支配している現状があるのだ。
今では「ブラック企業」という言葉がすっかり市民権を得て、日常会話やニュースでもよく耳にするようになった。中小企業から誰もが知っている会社まで、さまざまな会社が「ブラック企業」ではないかと取り沙汰されている。
?「ブラック企業に入社してしまったのでは……」「ブラック企業に勤めているが、なんとかして自分の身を守る術を知りたい――」
そんな疑問にお答えするため、従業員の実践的な防衛術について、労働事件を担当してきた経験を踏まえながら解説していこう。
身を守る第一歩は
自分の権利を知ること
先ほど「ブラック企業」という言葉が市民権を得たと書いたが、そもそも、ブラック企業とはどういう企業なのか。
?「自分が勤める会社がブラック企業ではないか」と言う人は多い。一般的に「ブラック企業」とは、労働基準法などを尊重せず、従業員の健康を害するような長時間労働やサービス残業を強い、時にはパワハラ的手法により従業員に支配を及ぼそうとする会社だと筆者は理解している。
ただ、ブラック企業という言葉自体は、法律用語ではないし、従業員が身を守るためには、勤務先がブラック企業かどうかという分類はあまり意味がない。従業員としての自分の権利が害されていないかどうか、まずは冷静に見極める必要がある。
そこでまずおすすめしたいのが、労働法について簡単にまとめた信頼できる書籍や専門家サイトを一読することだ。労働基準法などの労働法規は、基本的に従業員の権利を守るために定められたもの。労働基準法に反するルールを会社が定めたとしても、そのようなルールは無効になる。まずは、自分がどのような権利を持っているかを知ることが自己防衛の基礎知識として必要だ。
もちろん、現実問題として、細かなことについてまで従業員の権利を声高に主張することは、会社との関係をむやみに悪くしてしまうことになりかねない。ただ、法律上どのような権利があるのかを理解することは自分を守る第一歩になる。
正社員の退職申し出はいつでも可
争うなら証拠を確保する
冒頭で紹介した「会社が辞めさせてくれない」という事例を元に、どのように従業員は会社に対抗すればいいか解説しよう。
まず知っておきたいのは、正社員の場合は、民法627条に基づいて、従業員はいつでも退職を申し入れることができ、原則として、申し入れから2週間たてば退職できるということだ。他方、期間の定めのある労働契約の場合、つまり契約社員などは、期間の満了によって契約が終了するのが原則なため、やむをえない事由がない限り中途退職はできない。もっとも、パワハラやサービス残業の強要などは、やむを得ない事由にあたると考えられる。
これだけでも知っていれば、会社の主張が正しくないと判断でき、必要以上に委縮することなく会社との交渉にあたることができる。
では実際に、パワハラや意に反する退職勧奨などが自分に対して行なわれたとき、どのように対抗し、自分の身を守ったらいいのか。
なによりも重要なのは、証拠の有無だ。いくら従業員の権利が労働基準法等で厚く守られているといっても、権利を主張するためには証拠が必要だ。会社もそれを分かっており、事実を隠ぺいしようとしたり、他の従業員に口裏を合わせさせたり、記録を隠したりすることも実際にはある。従業員はそれを覆すだけの証拠を確保しておく必要があるのだ。
例えば、パワハラや強引な退職勧奨の証拠として有効なのは、ICレコーダーによる会話の録音だ。
?「こっそり録音するのは違法ではないか」と心配する必要ない。こっそり録音したものであっても、原則として民事訴訟では有力な証拠となる。特に会社との間でもめ事が生じそうな事態になった場合は、防衛のために常に内ポケットにICレコーダーを忍ばせておき、とっさの事態に対処できるようにしておくのが有用だ。
最近では、スマホに録音機能がついている。ICレコーダーを持っていない人は、スマホで代用することもできる。
録音ができない場合はどうするか。そのときは、その日にあったできごとを詳細にメモしておくことだ。いつ、どこで、誰に、何を言われたのか。できるだけ言われたことを、そのままメモしておくことをお勧めする。

冒頭のケースでは、会社に対し、民法627条に基づき退職するとの弁護士名での文書を提出したところ、会社は退職を認めた。法律にのっとって毅然とした態度をとれば、法律違反を行っているブラック企業も対応せざるを得ない。

メモは信用性が争点になる可能性も
GPSアプリなどは強固な証拠になる
冒頭の相談内容中にはなかったが、多いのはサービス残業強要についての相談だ。これも、労働基準法に反する立派な違法行為である。従業員は、当然の権利として残業代を請求できる。
しかし、サービス残業が当たり前という会社に勤めていると、会社に残業代請求を行うのは非常にハードルが高い。
そこで、せめて将来退職することとなった場合に、過去の残業代を遡って請求できるように準備をしておこう。残業代の時効は2年であるため、過去2年分は遡ることができる。いざとなったら残業代請求で会社に一矢報いることができると思えば、会社との関係に余裕が生まれるかもしれない。
ここでも重要なのは、残業時間の証拠だ。しかし、会社が証拠となり得る資料を破棄してしまう可能性もあるし、そもそもタイムカードがない場合は証拠として残すことは難しい。したがって、自分で記録を作っておく必要がある。
タイムカードがある場合で、残業時間が正確に打刻されているのであれば、毎月のタイムカードをコピーしたり、写真に撮ったりすることがもっとも簡単な方法だ。タイムカードがない場合や、タイムカードを打刻した以降にサービス残業を行わなければならないような会社であれば、出社時間、帰社時間、その日の業務内容を毎日メモに残しておくという方法もある。
ただ、メモは嘘も書けるし、後から改ざんもできるものだ。したがって、裁判では信用性が争われる可能性が高い。できれば、より説得力のある客観的な証拠を残したいところだ。
最近はスマホのGPSアプリやGPSロガーなどを利用して、強固な証拠を残すことも可能だろう。これらを活用するのも有効だ。自分の権利を理解したうえで、日々の勤務のなかで、いざとなったときに戦える証拠を残しておくというのが、従業員としての自己防衛術の基本となる。