第30章 パーソナリティ障害と身体医学的疾患

第30章 パーソナリティ障害と身体医学的疾患
・多くの身体医学的疾患で、精神科的疾患があるように見えることがある。特にパーソナリティ障害に見えることは多い。・甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症のような内分泌疾患がある場合、妄想性、境界性パーソナリティ障害があるように見えることがある。・多発性硬化症ではパーソナリティ変化が起こり、境界性、自己愛性、回避性、依存性などに似て見えることがある。・AIDS患者はパーソナリティ障害を持っているように見えることがある。境界性、演技性、依存性、自己愛性パーソナリティ障害など。
身体医学的疾患患者はしばしば自己評価が低下しており、絶望、よるべのなさ、恥、怒り、依存欲求亢進などが見られる。退行したり、否認したり自分を隔離したりする。これらの症状はみなパーソナリティ障害に似て見えることがある。多くの身体医学的疾患は患者の気分やパーソナリティに影響する。例えば、患者がハンチントン病の場合、攻撃的になったり妄想的になったりする。ちょうど妄想性パーソナリティ障害のように見えるが、実際にドパミン産生が増加して妄想性パーソナリティ障害(偏執病)を引き起こす。
キーポイント気分やパーソナリティが急激に変化した場合、適切な身体医学的診察や神経学的評価が重要である。
甲状腺機能亢進症のような内分泌疾患では境界性パーソナリティ障害に似て見えることがある。突然怒り出したり、誰とでも喧嘩したりする。実際には甲状腺ホルモンが増えて不穏になっている。甲状腺機能低下症では動作がゆっくりになり、イライラして、妄想性パーソナリティ障害のように見えることがある。多発性硬化症では、脊髄神経の脱髄が起こり、そのことがうつ病、躁病、パーソナリティ変化を引き起こすことがある。原因は正確には知られていないが、多発性硬化症の人は間違って境界性、自己愛性、回避性、依存性パーソナリティ障害と診断されることがある。おそらくこの病気では数多くの防衛機制が働いて、患者はパーソナリティ障害に陥っているように見えるのだろう。AIDSでは境界性、演技性、自己愛性、依存性と誤診しないように注意が必要である。HIVのせいで脳内化学物質は大きく変動していて、その結果として気分変動が生じることがある。多くの他の感染性・炎症性疾患たとえばSLEや結核、伝染性単核症は、精神科的問題を引き起こし、結果として誤診されることがある。その他には神経学的疾患、アルツハイマー型認知症、偏頭痛、ナルコレプシー、ウィルソン病、などで医師は実際はそうではないのに、患者がパーソナリティ障害だと信じてしまうことがある。また多くの医療用薬剤や気晴らし用の薬剤を使用した場合に、パーソナリティ障害と誤診される場合がある。
キーポイント医師は最終診断を下す前に、身体医学的疾患について、常に除外しなければならない。
時には精神科医はパーソナリティ障害を治療することにあまりに積極的で、かつて医科大学で学んだことを忘れているかもしれない。充分な生化学的検査をしない、甲状腺機能検査をしない、血算をしないなど。また心電図も含めて充分な身体医学的診察をしなければならない。
症例スケッチ
デビーは30歳代半ばの医師、自分の問題を女性特有の問題と言われるのが嫌いだった。両親とも化学の教授で一人っ子、独立心旺盛で科学的な考え方をするように育てられた。8歳から13歳までおてんば娘で、野球を楽しみ、裏庭の望遠鏡で星を眺めた。14歳の時月経が始まった。デビーは月経直前に彼女を困らせる抑うつや不安気分をなるべく少なくしようとした。思春期の間は気分は少なくとも耐えられるものだった。しかし20歳代になって、デビーは月経前にはっきりした肉体的、精神的変化を自覚した。胸は大きくなって痛み、偏頭痛になり、お腹はふくらんでいつもの洋服が着られないことがあった。デビーはの気分は最悪で、大学で実際に叫びだしそうだった。彼女でさえ行動に驚いた。特に困ったのが集中できないことだった。普段はデビーは落ち着いて、論理的だった。しかし月経直前には気分が悪く疲れて、自分をコントロールできなかった。不眠になりチョコレートやジャンクフードを貪り食べた。しかしいったん月経が始まると、いつもの状態に戻った。デビーはこうした月経前症状のせいで自分を軽蔑していた。彼女が一番嫌いだったのは、女性は月経があるからその期間は自由にできないという固定観念だった。そこで彼女は自分の問題を隠そうとした。月経開始の数日前には婚約者とも友人とも会わないようにした。しかし人々から離れていようとする限り、必然的に誰かと口論になった。デビーは何年間も自分の症状を我慢した。そしてついに結婚式の数週間前、婚約者は婚約を破棄した。産婦人科医を訪れて涙を流しながら全てを説明した。その医師がデビーにセレクサ(シタロプラム)20mgを投与し、精神科医を紹介してくれた。デビーはもうこれ以上我慢出来ないことを確認した。デビーが驚いたことに、次の月経は何の問題もなく来て、過ぎた。悲しみ、絶望、不安、怒りを感じることなく、サイクルの20-28日目を快適に過ごせた。いつもなら最悪の期間だった。普通に寝て、食べて、よく集中できた。胸もお腹も膨れなかった。26日目に偏頭痛があったが、アスピリンを2粒使って緩和できた。精神療法でデビーは自分の女性性を否定しようとしていることを理解した。彼女は男性と全く同じだという信念と月経前不機嫌性障害(Premenstrual dysphoric disorder ,PMDD or PDD)を受け入れる必要はないという信念で生きてきた。デビーにとって月経前不機嫌性障害を受け入れることは女性が男性に比較して劣等であると認めることに等しかった。薬剤により月経前不機嫌性障害が軽減されることを経験して、彼女は自分がこれまでどれだけ不快だったかに気づき、自分自身の性に対しての自分が抱いていた無意識の偏見に直面した。
ディスカッション
女性の3-5%が月経前不機嫌性障害の診断基準を満たす。多くは10歳代から20歳代の終わりに始まり、閉経とともに治る。通常はデビーのように30歳代に治療を始める。月経前不機嫌性障害は月経の黄体期に起こる。つまり、排卵から月経開始までの期間に起こる。研究によればセロトニンのばらつきがあり、したがってセレクサのようなSSRIが有効である。デビーの症状の中で、抑うつ・不安気分、気分易変性、仕事や交友での興味減退、集中困難、無気力、不眠は、すべて月経前不機嫌性障害の典型症状である。またデビーのケースでは、境界性パーソナリティ障害と誤解され、できたはずの結婚を破棄された。薬剤服用で1ヶ月のうちに問題は解消した。もし彼女が境界性または何か他のパーソナリティ障害を持っていたら、そのように早くは改善しなかっただろう。
2013-03-27 20:03