ストレス脆弱性仮説 創発論

長い間、ストレス脆弱性仮説に慣らされているので
いまもそれが一番妥当な感じがしている
そこから抜けられない

器質的な脆弱性がまず基盤にあって
契機となるストレスが加算されると発症する
やはりどう考えても妥当な気がする

ストレスが加わっても全員が発症するわけではないことも
これで説明できる

薬剤が有効であることも
これで説明できる

自然で妥当な発想であると思うが
それは私がこのパラダイムの内部の住人だということなのだろうか

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例えば昔は生命は物質とは違うのだと考えられていた
生命科学を物理学や化学に還元するのは無理だと考えられていた
現在はそんなことはない

精神の科学と物質の科学もそのような所がある
物質→生命→精神 と並べてみて
まだその方法論がないというだけなのだろうと思う

DNA、RNA、アミノ酸、タンパク質、と並べて発生生物学を学べば
科学の方法で不足な点は別段ないことが分かる

生命が神の領域であった時代の最後の地点に現代の我々はいるのだろうと思う

さらにその先に脳の科学と精神の科学があるだろう
結局は脳の神経細胞の振る舞いに還元されるとするのが素朴唯物論で
最近はもうそれでいいのだと思うようになっている

もちろん、人間の精神が精神であるためには脳があるだけでは不足であって
時間と文化と他者がなければならないだろう
しかしそこには神も神秘も必要ないだろう
これを創発論といってもよいが(emergence)
創発論と名前をつけるほどのものでもないだろうと思う
創発論といっても何も解明されないような気がする

科学以外の方法論が必要とは思わないが
現在の方法論だけで充分とも思わない

光学顕微鏡でウィルスを探しているようなもどかしさと言えばよいのだろうか