薬物療法と精神療法

精神科の治療を大きく分けると薬物療法と精神療法になる

この場合の精神療法には各種精神療法を含む
家族、集団、その他など

一般には精神療法は薬剤ほど厳密に品質管理はできていない
民間栄養食品ほどの管理もできていない
きちんとした精神療法を行う人もいるが
それも時代が変われば有効だったのかどうか議論になるという難しい事情もある

また薬物療法を行なっているといっても
結局患者さんは家で薬をのむので、そのタイミングとか量とか状況全般を
コントロールできるわけではない

ーー
薬剤は怖いからカウンセリングが希望ですという人もいる
その趣旨はよく了解できる

私だって専門家になる前にはそのように思っていた

得体のしれない怪しいものという程度の認識ではないだろうか

そんな人も健康食品であれば安心だといって飲んだりする
ここまでくるとよく了解できなくなる

専門家が診断して難しい論文やガイドラインを示して説明されても
よくわからないという人が大半だろう

それよりも、親戚の誰かが、その「めまい」はうちの父親と同じ、あの健康食品で治ったから飲めばいいよ
と簡単明瞭に言ってくれれば、とりあえずはその言葉を信じてしまうだろう
人間はそういうものだ

その程度の信頼性も確保できていない専門職というものの情けなさも感じるのだが

ーー
脳の神経伝達物質の問題だから薬剤で治療します
とか
これは脳の次元の問題ではなくこころの問題ですからカウンセリングです
とか
説明自体の哲学的意味が不明である

精神療法で神経伝達物質の調整ができるというイメージを持つことだってできる
薬物療法によって精神療法的効果を狙うこともできる

それは薬物療法を行うには治療者が説明して何らかの言葉や態度とともに処方しているからだ
精神療法的カードを手渡して、困ったときに見返してくださいと言うことと同じく
薬剤をきちんと飲む、そのときに今治療のどの段階かを思い出し、治療者の言葉や態度を思い出す
そのことで精神療法の効果が増強されるのは間違いないだろう

そんなこととセットになった薬物療法なのであるから
単に薬を飲んでいれば治るというイメージとは随分異なる

ーー
Bio-psycho-socialといわれるが
実質は
脳の病変
認知のかたより
対人関係の困難
と対応させていいのだろうと思う

薬物を調整しつつ認知や対人関係に配慮していけばいいので
それほど困難はない

医療制度が異なる米国では
処方医と精神療法家が異なる事情もあって
薬物療法と精神療法はなお一層対立的に考えられているのだろうと思う