“ ある時期、耳鼻科にいたのだけど、例えばそこに子どもの患者さんが来て、扁桃腺を取る手術をする。その成功は医師の腕にもかかっているけれど、局部麻酔なので、手術中に子どもが大暴れしたらうまく取れなくて血だらけになって、一晩中鼻から血を出して苦しむわけです。そうなってはいけない。だからその子を落ち着かせることが大事なのね。  50人くらい実験的にやってみたことがあったのだけど、まず仲良くなる。通じそうな話題、その頃だとたとえば「オバQ」の話とか交えながら。で「今日はママになんて言われて来たの?」と訊くと「東

ある時期、耳鼻科にいたのだけど、例えばそこに子どもの患者さんが来て、扁桃腺を取る手術をする。その成功は医師の腕にもかかっているけれど、局部麻酔なので、手術中に子どもが大暴れしたらうまく取れなくて血だらけになって、一晩中鼻から血を出して苦しむわけです。そうなってはいけない。だからその子を落ち着かせることが大事なのね。
 50人くらい実験的にやってみたことがあったのだけど、まず仲良くなる。通じそうな話題、その頃だとたとえば「オバQ」の話とか交えながら。で「今日はママになんて言われて来たの?」と訊くと「東横デパートの屋上でアイスクリームを食べるの」とか言う。「騙されてきたな」と思いながら「幼稚園のお友達はだあれ?」とか15分くらい何気なく話しかけて、その子の様子がわかってから台に乗っけるんです。
 そんなふうにかかわってゆくと、子どもたちはすごくリラックスするし、暴れない。耳鼻科だから鼻に綿棒を突っ込んだり嫌なことばかりするんです。喉に何本も麻酔の注射を打ったり。その子をなだめながら唾を吐いてもらったりするから大変なの。でも全然頭を振らないし、お母さんが抑えこまなくても採血も出来るんです。
 注射器も100ccのこんな太いのから、50cc、30cc、20cc、10ccと並べておいて子どもに訊くんです。「血って何色だと思う?」「赤い」「青いかもしれないじゃない。調べてみようね。どれがいい?」と訊ねると10ccのを指す。「じゃあこれでやろうね」、とやっていくと全然平気。でも子どもは我慢に限界があるから一発でやらなきゃ駄目。泣く前に終わらせる。「すごい。強い、えらい」と褒めて「よかったねー」って言葉をかけると、胸を張って帰っていきます。そうでなく、大人たちに押さえつけられた子どもはね、次に来るときが大変なんですよ。
 先生(医師)は手術をする自分の横にいて道具を出してくれる看護師が望ましい。それで「こっちに来てくれ」と言うんだけど、私は子どもの後ろ側に立って「駄目」って(笑)。だってそっちに行ったら先生と一緒に嫌なことをするわけだから、子どもに嫌われちゃうでしょう。「縛りつけてこっちに来ればいい」と言われても行かない。それは大人でもそう。原則ですよ。看護師は痛いことをしちゃ駄目なんです。
 そうしてゆくうちに医者も、だんだん気づいてくる。「川島さんが受け持ってくれた子どもは出血しない」って。結果がついてくるからすごく協力的になりましたよね。「また魔法をかけてくれ」と言うので、「魔法じゃありません。これは看護の技術です」と答えて。でもお母さんたちはその場にいないから「お宅の先生、腕がよくて上手ね」って言うの。本当は看護がいいんですよ(笑)。
 いまの医療制度や医療の現場では、看護の理想は難しい。みんな疲労困憊していて、なるべく仕事をしない工夫をしないと一日が過ぎていかないような矛盾がある。だから私は苦しいわけ。