職場の近くでの受診を希望される働く世代の方が多く来院されています

クリニックの特徴を教えてください。
 以前は精神科病院に勤務しており,その経験を活かしながら,患者さんに近いところで実際の生活にかかわっていきたいと考え,開業しました。7年経った今も,どのようにすれば患者さん個々の状況に応じた医療を提供できるのかを日々模索しています。
 少しでも精神科受診の垣根が下がるよう,「こころクリニック」と名づけました。心と身体の不調で自分らしい生活が送れていないと感じている患者さんに対して,精神科の立場からかかわっていくというスタンスを大切にしています。
 1人ひとりの患者さんのお話をゆっくりと聞けるよう,予約制にしています。船橋駅前に位置しており,職場の近くでの受診を希望される働く世代の方が多く来院されています。
この10年でうつ病・不安障害を取り巻く環境はどのように変化したと思われますか。
 以前WHOが21世紀はうつ病が社会的問題となるという予測をしていましたが,その通りの流れになっていると思います。
 この10年で社会環境が大きく変化しており,生きていくためのストレスがかかる場面が以前と変わってきているため,それに伴いうつや不安障害の患者数も増え,質も変わってきています。以前は,「これがうまくいかないと死ぬしかない」くらいのエネルギーを使って生きている方が大勢いましたが,現在は手に負えない状況から逃げやすく,身を引きやすい時代になってしまった気がします。そういった背景から,近年では統合失調症が軽症化したといわれるのと同様に,大情況に正面から対峙するメランコリー型とは異なったタイプのうつが増加しているのではないでしょうか。
 薬物治療においてはSSRIやSNRIなどが発売され,治療の可能性が広がったと思います。しかし,薬剤だけに頼るのではなく,患者さんの回復プロセスをどのようにコーディネートするかという精神科医の役割を忘れてはいけないと思います。
フルボキサミンを愛用されている理由を教えてください。
 つらいことがあって落ち込むというのは人間の正常な反応です。しかし,それが何日も続き眠れなくなったり自分を責め続けたり,考えがまとまらなくなるというのがうつ病の入り口です。したがって,落ち込んだつらい気持ちを単に薬剤で解消するのではなく,ものごとに対する見方や自分自身への評価を変えるなど,視点の転換を図るのが本来のうつ病の治療と考えています。フルボキサミンは,憂うつ感を取り去って「から元気」を出すのではなく,もっと根本的なところで患者さんの主体性や自己治癒力を高める治療ができる薬剤ではないかと思います。また,病前の患者さんの生活パターンや社会,人とのかかわり方を振り返ることも必要で,すぐに症状を取り去ってしまうことだけがよいとは言えません。フルボキサミンはそれを邪魔しない薬剤であり,精神科医としてじっくり患者さんにかかわっていくことを可能にしてくれる薬剤と考えています。また,そういった治療が,再発のしにくさにつながっていると思います。
 強迫性障害,社会不安障害などの不安障害に対する治療における考え方も同様です。フルボキサミン投与によって,新しいものに対する不安感が軽減され,「何とかやっていける」という体験を患者さんが自発的に学習され,ものの見方,考え方などにおける認知が改善されます。この効果に,近年注目されているフルボキサミンのシグマ-1受容体アゴニスト作用が関与しているのではないかと考えています。
 また,不安障害においては不安と同時に恐怖もみられますが,フルボキサミンには不安だけでなく恐怖を和らげる精神療法の効果を高める作用があると考えており,そこが他の薬剤との違いではないかと思います。