認知行動療法トレーニングブック 統合失調症・双極性障害・難治性うつ病編

認知行動療法トレーニングブック 統合失調症・双極性障害・難治性うつ病編[DVD付]
監訳:古川 壽亮
訳:木下 善弘/木下 久慈
著:Jesse H. Wright /Douglas Turkington /David G. Kingdon /Monica R. Basco 
治療の実際がわかるDVDで,臨床を学べる
書評者:池淵 恵美(帝京大教授・精神神経科学)
 認知行動療法が,多くの治療ガイドラインでエビデンスのある優れた治療と推奨されるようになって久しい。わが国でもうつ病についての診療報酬請求が,平成22年春から認められるなど,関心と評価が高まっている。しかし本格的に学びたいと思っても,なかなかその機会に恵まれないというのが,多くの方の思いではないだろうか。学会の研修会や,訳書などで認知行動療法を紹介するものは多いが,理論と技術論が中心で,治療の実際までは触れられないことがしばしばであるように思う。そうした方にとって,「トレーニングブック」と銘打っている名に恥じず,本書は実際の臨床を学ぶのに最適であると思う。2009年に英国医師会の表彰を受けていることも,理があることと思われる。 
 本書の大きな特長は,なんと言っても付録のDVDである。全18場面,158分に及び,詳細な治療の実際が紹介されている。出演しているのは,統合失調症はターキントン医師とキングドン医師,双極性障害はバスコ心理士,重症うつ病はライト医師であり,いずれも第一人者と呼べる人たちである。模擬患者が相手ではあるが,よく疾患の特徴が演じられていて迫力満点であり,ト書きなしなので,リアリティがある。まさに治療場面を垣間見る醍醐味のあるDVDであり,これだけでも本書を手にする価値があるといっても過言ではない。 
 認知行動療法の専門書をひもといた方はしばしば,理知が勝って言葉の力に頼った,西欧的な精神療法であるとの印象を持たれることがあるように思うのだが,このDVDをみると決してそうではないことがわかる。丁寧に患者の話を聞き,共感し,その意味するところを言葉にしていく作業が繰り返され,個人精神療法の基本がしっかり踏まえられていることがよくわかる。治療者の視線や表情,間合い,言葉遣いなども,DVDによって手に取るようにわかる。ゆっくりと無理なく,認知的介入に進んでいくのである。また認知的介入は進んで,症状がもたらした生活の影響を探求し,さらに生き方を変えていく,少しずつでも着実な試みが勧められる。用いられる対処スキルは幅広く,行動的な技術を多く含んでおり,重い精神障害についての筆者のこれまでの臨床経験からしても,うなずけるものである。 
 本書の構成は,まず概論が示された後で,治療関係の形成とアセスメント,ノーマライジングと心理教育から,治療効果の維持まで,一連の治療経過にそって章立てがされ,それぞれにDVDの場面が対応している。また統合失調症の妄想や幻聴,躁病,重いうつ症状などについては,それぞれ1章が設けられて詳しい解説が行われている。さらに陰性症状や認知機能障害など,どのような心理社会的介入であれ障壁となる障害についても,章が設けられている。これらを通読すると,認知行動療法は,患者が自身の問題をより健康的で適応的な形で理解できるよう支援するものであることが実感されることと思われる。 
 翻訳は正確でよくこなれており,大変読みやすい。訳者お二人は統合失調症の認知行動療法の泰斗である,キングドン教授のもとで勉強してこられたとのことであるし,監訳者はわが国でも有数の認知行動療法についての学者である。誠に人を得た翻訳と思われる。
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臨床センスを磨ける素晴しい内容を日本語で楽しめる
書評者:原田 誠一(原田メンタルクリニック・東京認知行動療法研究所)
 認知行動療法の詳細が教科書に記されているからといって,活字だけで実態を伝達して実践につなげられるわけではない。近年,面接の模様を伝える映像教材へのニーズが高まっているゆえんである。これまでに少なからぬDVDが世に送り出されてきたが,まだ手つかずの分野が残っていました。その一つが統合失調症・双極性障害・難治性うつ病などの重症精神障害であり,処女地へのガイド役として名乗りを挙げたのが本書である。この領域でかねてより盛名を馳せている皆さん(キングドン,ターキントン,バスコ,ライトの各先生)が,執筆とDVD出演を全力投球で行う大盤振舞。一見しただけでは消化不良になりそうなほど豊穣な情報が満載で,特に顔見世興行を拝見できるDVDは格好の勉強の資料になっている。ここでは,今回の頭領役と言えそうなキングドン先生のセッション映像を通して評者が感じた内容を記すことで,本書の複雑で精妙な魅力の一端をお伝えしたい。 
 キングドンは,妄想型統合失調症と診断されたマジールとの5回のセッションで登場する。注意深く配慮に満ちた,しかも温かく真摯なキングドンの対応は終始見事であり,この種の対応の模範となる内容。しかるに,DVDを楽しんでいるうちに若干の違和感を覚えたり,本文の解説と異なる感想が頭をよぎることもあり,そこがまた面白い。 
 例えば,症例マジールの病態と診断。操作的診断基準に基づくと妄想型統合失調症となるのだろうが,この病名にしてはかなり珍しい特徴がみられる。一例を挙げると,本人が個人情報漏洩を気にしている事柄が17歳のときの外傷体験に限られるというのは,妄想型統合失調症ではかなり例外的です。ここで,キングドンは病態をトラウマ精神病(=キングドンが提唱している統合失調症の亜型の一つ)と考えているのではないか,という推測が浮かんでくる。トラウマ関連の精神障害に罹患したマジールが悩みを一人で抱え込み,他者と接するのを避けて視線を交わさずに過ごす中で,妄想が強固になり固定したという経緯。 
 キングドンの妄想への認知行動療法的な介入はことごとくマジールの否認を生んでおり,表面的にみると空振りの連続。それでは,キングドンのかかわりによって何ゆえに変化が生じたのか。評者の印象では,妄想の背景にあった「外傷体験」と「不本意な現状」(30代に入ったのに,仕事もお金もない)を繰り返し率直に語ること(曝露)でなれが生じ,さらにその内容をキングド
ンがおとしめず懇切丁寧に聞くプロセスで「脱・外傷化」が進んだ面がある。加えて,ずっと他人を見ないようにしてきたマジールが,徐々にキングドンを正視して語るようになったことの意義。ここには「他人を見ると自分のプライバシーが伝わってしまうので,見ないようにしている」事情を,「相手を見ながら詳しく説明しないと,きちんと伝わらない」というパラドックスがあり,本人にとって意外かつ新鮮であったであろうこの経験が改善の一助になったと感じられる。もちろん,他人を正視しても大丈夫という安心感を持てたことの意味も大きい。 
 本書はキングドン以外の諸先生の映像からも学べるところが多々あり,訳文も大変丁寧でこなれており読みやすい。高めの値段設定が少々気になりますが,臨床センスを磨ける素晴しい内容を日本語で楽しめるお買い得の一冊,と太鼓判を押しましょう。
目 次
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1 イントロダクション 
 なぜ重症精神障害に対してCBTを用いるのか 
 重症精神障害に対するCBTモデル 
 CBTのための手法を概観する 
 重症精神障害に対するCBTの有効性 
 まとめ 
2 治療関係の形成とアセスメント 
 治療関係への影響 
 重症精神障害を抱える人と治療関係を形成するための指針 
 アセスメント 
 CBTの適応 
 まとめ 
3 ノーマライジングと心理教育 
 統合失調症におけるノーマライジング 
 双極性障害におけるノーマライジング 
 うつ病におけるノーマライジング 
 治療関係 
 心理教育 
 まとめ 
4 ケースフォーミュレーションと治療計画 
 生物-心理-社会的ケースフォーミュレーションの作成 
 ミニフォーミュレーションの作成および利用法 
 まとめ 
5 妄想 
 妄想の治療:基本的な認知行動療法のプロセス 
 妄想を定義する 
 妄想について話し合う 
 妄想を修正する 
 治療に反応しにくい妄想 
 気分障害に伴う妄想を治療する 
 まとめ 
6 幻聴 
 幻聴の影響 
 幻聴を体験している患者へのCBT 
 幻聴に対するCBTの個別の手法 
 まとめ 
7 うつ病 
 絶望と自殺傾向 
 活力の低下と興味の消失 
 自尊心の低下 
 まとめ 
8 躁病 
 躁病エピソード予防のプラン 
 まとめ 
9 対人関係の問題 
 患者が体験することが多い対人関係の問題 
 各疾患に特徴的な対人関係の問題 
 まとめ 
10 認知機能障害 
 統合失調症に伴う思考障害 
 躁状態や軽躁状態における観念の競合,転導性の亢進,思考の解体 
 うつ病に伴って出現する認知機能の問題 
 まとめ 
11 陰性症状 
 陰性症状とは 
 CBTにおける陰性症状のとらえ方 
 統合失調症に伴う無気力感 
 対人交流 
 標準的な行動療法的手法の実施 
 まとめ 
12 アドヒアランスの改善 
 治療へのアドヒアランス低下の評価 
 アドヒアランス低下の一般的な理由:可能な解決法 
 認知に働きかける 
 アドヒアランス改善計画を書面にすること 
 CBTの宿題 
 まとめ 
13 治療効果の維持 
 再発予防 
 治療効果維持のためのCBTの継続 
 まとめ 
 付録1 ワークシートおよびチェックリスト 
 付録2 認知行動療法(CBT)のリソース 
 付録DVDについて 
 訳者あとがき 
 索引