なぜ、心的外傷を受けた人の全員がPTSDを発症しないのか? Why Don’t All Traumatized People Develop PTSD? 心的外傷曝露後の患者におけるストレス反応系のうち治療の標的になりうる特定の側面を見いだせる可能性が、2つの遺伝子研究から示唆される。 強い心的外傷を体験した人のうち心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症するのはごく一部であることから、PTSDにいたる脆弱性には特定の要因が関与している可能性がある。今回紹介する2件の研究はこの疑問を検討したものである

なぜ、心的外傷を受けた人の全員がPTSDを発症しないのか?
Why Don't All Traumatized People Develop PTSD?
心的外傷曝露後の患者におけるストレス反応系のうち治療の標的になりうる特定の側面を見いだせる可能性が、2つの遺伝子研究から示唆される。
強い心的外傷を体験した人のうち心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症するのはごく一部であることから、PTSDにいたる脆弱性には特定の要因が関与している可能性がある。今回紹介する2件の研究はこの疑問を検討したものである。
まずMehtaらによる研究では、成人期に心的外傷を1回以上体験したことがある209例(黒人90%;大多数が低所得者)を米国都市部の1病院で登録し(登録症例のうち70%がPTSDを発症)、分子遺伝子学的な検討を行っている。研究者らが注目したのは、PTSDとグルココルチコイド受容体(GR)感受性、そしてFKBP5の一塩基多型(SNP)との関連である。このFKBP5がコードする蛋白はGRシャペロン補助因子(co-chaperone)であり、視床下部―下垂体―副腎(HPA)系の負のフィードバック調節に関与している。PTSD患者において、小児期と成人期の心的外傷およびうつ症状で補正すると、GR感受性の増大(デキサメタゾン抑制試験で評価)との関連が強いのはGGホモ接合体よりもアレルA(AA/AG)保有者であり、GGホモ接合体ではベースラインの血清中コルチゾール値が低かった。PTSDの有無あるいは遺伝子型ではデキサメタゾン抑制試験の結果(コルチゾール低下)を予測できなかった。しかしながら、GRの調節にかかわっている別の41遺伝子(32個はこれまでに報告されていない遺伝子)を研究者らは特定しており、このうち19遺伝子はPTSDにおいてFKBP5によるHPA系活性化の調節に関連しているネットワークを形成していると推測されている。
もう1つのMercerらが報告した研究では、心的外傷体験、社会的支援、性的な被害に関する調査に参加した北イリノイ大学の女子大学生204例(平均年齢20歳)を対象とし、単独犯がキャンパス内で26人を死傷させた銃撃事件の発生後に2回の追跡調査を実施した(平均追跡期間:それぞれ3.2週間、8.4ヵ月間)。セロトニントランスポーター遺伝子領域上の3座位について遺伝子型が解析された。銃撃事件後のPTSD症状の重症度は体験した出来事(銃声を聞いた、負傷したなど)の数から予測可能であったが、過去の心的外傷や社会的支援の有無では予測できなかった。銃撃事件への曝露で統計学的な補正を行うと、PTSD症状のスコア高値(とくに回避症状)および銃撃事件後の急性ストレス障害は、セロトニントランスポーター発現を抑制するマルチマーカー遺伝子型と関連していた。
コメント
遺伝子相互作用に関する研究では、多重比較について従来の補正法で補正しても、偽陽性の結果を生じやすい(参照:JW Psychiatry Sep 12 2011)。こうした限界はあるにしても、今回の両研究は、異常なストレス反応への脆弱性は遺伝学的に不均一であることを示している。HPA系を調節する遺伝子ネットワークにおいて特定のアレルを保有する人は、ストレス反応の破綻に起因するコルチゾール産生抑制が起こりやすいと考えられる。過覚醒の軽減に働くセロトニン作動系の回復を抑制する遺伝子相互作用は、過剰ストレス反応に対する感受性を増大させる可能性がある。遺伝子型解析の費用が安くなり、臨床的表現型との関連について信頼性の高い情報が得られるようになれば、臨床医は将来、心的外傷を体験した人のうちストレス反応系の特定次元を標的とした介入に反応する患者を識別できるようになるかもしれない。
—Steven Dubovsky, MD
掲載:Journal Watch Psychiatry October 3, 2011