CBTとCAT IPTとDIT

CBTとCAT

IPTとDIT 

精神分析学と交流分析

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精神分析学はフロイトから始まって
その後大きな発展を遂げて
巨大な学問になっている
精神科臨床で用いるとともに 
人文科学の一大背景となっている

人文科学で投影性同一視などを用いて語るわけではないけれども
無意識の話などは今では普通に語られるけれども
精神分析が用意した仮説である
もちろん未だに実証されてはいない

フロイトの後にアドラー、ユング、それから様々な人たち、
カーンバーグ、コフート、ラカン、その他、その他で
精神分析を学んでいるだけで一生あっても足りないくらいの分量になっている

しかも原典以外に解説書がたくさんあり
それもまたさらに難解でそんなことでは患者さんの治療に取りかかるまで何年必要なのかと
絶望的になる

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そのようなわけで
精神分析の全体像は誰か勇気のある人に勉強してもらうこととして、
簡単・臨床版を考えたのが交流分析と言えないこともないだろうと思う

実際簡単だし役に立つ
そして理論の背景は軽く知っておく程度で間に合う

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CBTの流れを見てみても似たようなことが言える
原典となる発想はあったとしても、
その後の発展の仕方は、既存の精神療法の使える部分をどんどん併合して進むような具合で
現在の姿を見るとなかなか壮大である
そのすべてを原理から理解してマスターすることは時間かもかかる
思想の勉強をするのではないので時間がかかりすぎだと思われる
するとそれぞれの人が
CBTを部分的に学び、独自の治療観で独自の治療を実践することになる
それがだいたい大学院卒業程度だろうと思う

そこまで複雑な学識経験がなくてもできることが臨床現場にはたくさんあるので
高卒で、専門学校を出て、臨床現場に携わっている人が、
短期間の講習会に出席して
その結果として、何か役立つことができればいいのではないか
という考えが生まれるだろう

それが精神分析ならば交流分析に当たるし
CBTならばCATにあたるだろう

理解しやすい
学びやすい
役に立つ

学びたい人はその先を学べばいい

というようなものとしてCATがある

CATの特徴は精神分析とつなげたところにもある
CBTを実践している人が
精神分析を否定しているわけでもないし
理解していないわけでもない
むしろ暗黙のうちに精神分析的概念を使用しているし技法も必要に応じて使用している
それならばむしろきちんと精神分析的概念と技法を取り入れて勉強した方がいいだろうということになり
CATでは
精神分析について極めて軽くではあるが勉強して
背景には精神分析的な概念と仮説と臨床経験があることを意識するようになっている 

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IPTとDITの関係はまた少し違う
そもそもIPTは
交流分析やCATと似たような立場のもので
理論的な背景としては弱いけれども
臨床場面で役に立てばそれでいいじゃないかと言う程度のものだった

しかしそうなるとあまりにも理論的背景が弱すぎて説得力がないので
既存の精神分析の理論と一部結合させたらどうかと言うことになる

それで、簡単・臨床版であることは維持しつつ、一応、精神分析学の本体につながる通路を
示しておきました、という感じがDITとかPITとか、そのあたりなんだろうと理解している 
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精神分析と行動科学は
元々の思想的背景が違うので
これを結合させるとか
いいところだけを取り込んで利用するとか
それはいったい何を言っているのか、理解しにくいところもあるだろうが
そんなに厳密な話ではなくて
緩い結合と思っていいだろうと思う

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現状であまりに思弁的になってしまい
実験的検証もできない精神分析的概念を
認知科学の言葉で語り直し
検証していくという、なかなか意味のあるブロセスの途中である

精神分析で言われている様々なことが
母子関係の実際のビデオ観察などで裏付けられたり
精神分析的知見を脳解剖学のレベルで説明されたりしている
(わたしはもっぱらこれをやっているので、分析の人には理解されないし、
脳科学の人にも理解されないという不利な立場にあるのだが)