アリの中には働かないアリがいる

“アリの中には働かないアリがいる!?
「アリのコロニーをパッと見ると7、8割ぐらいがぼーっとして何もしてません。人間の社会でもそうですよね。会社だって、ある一瞬で切ると何もしていない人間はいる。時間が経つと仕事を始めたりするから、一概に働いていないとは言えない。でもアリのコロニーには、長いこと観察しても、ほとんど労働と見なせる行動をしないアリがいる。
人間にもきれい好きの度合いに違いがある。きれい好きの人は散らかってくると片付けますよね。放っておくとまた散らかってきて、その時に片付けるのはきれい好きな人です。アリの世界でも同じことが起こっている。反応閾値モデルと言って、ある労働が生じた時、仕事に対して刺激が低くても反応するアリがまず働く。反応が鈍いアリは働かない。働きにくいヤツはいつまでも働かないので、長い間観察すると、よく働くアリと働かないアリが出てくるわけです。
ところが、一ヶ月ぐらいコロニーを観察して、よく働いていたアリとほとんど働いていないアリを取り出して別々のコロニーを作ると、その中でまた働くアリと働かないアリに分かれる。取り出したアリの一部の中でも、反応閾値の分散が個体の中にばらつきがあるからです。にはち(二八)の法則とかパレートの法則と言われてるんですが、本当にそういうことが起こるんです」
―観察方法は?
「アリの頭と胸と腹にカラーペンのインク10色を使ってペイントします。色の組み合わせで1000匹まで個体を識別することが可能です。タイムスキャン法と言って、ある時間のある瞬間に観察して何番が何をしているか目で追って記録する。それを一日3、4回繰り返して、3,4ヶ月は観察していました。ビデオで撮って追いかけるわけではないから、映像がないんで、テレビの取材の人はたいていそこであきらめます。ところがこの間TV局でアリを飼って、芸人に実際に観察させたところがありました。コメントが放映されたんですが、放映日が4/1だったのが面白かったです。」
なぜ働かないハタラキアリがいるのか? 
「生き物は全て自然選択がかかっているので、効率のいいものが生き残るはず。にもかかわらず、なぜ働かないアリが必ず存在する無駄のあるシステムを採用しているのか?一部が働かないアリがいるモデルと、全員が一斉にアリが働き出すモデルのどちらが優位かを考えた。実際のアリでは実験ができないので、コンピュータで思考実験をしました。個体を動かして処理させるサイクルを1タイムステップといって、パラメータを色々変えて何百タイムステップも繰り返すわけです。
全員が働くシステムだと、コロニーの処理する仕事効率は高い。働いている個体が多いから当たり前です。アリは筋肉を使って動くので、働き続けるとかならず疲れます。この疲労の存在が問題を解く鍵でした。モデルによる思考実験では、今まで働いていたアリが疲れて休みだすと、反応が鈍かったアリが動き出して仕事をするようになる。長い時間にわたってしらべると、働かないアリがいる方が時間単位辺りの仕事の処理量のばらつきが小さくなるのです。アリが一斉に働くシステム(働かないアリがいないシステム)を調べると、一つの時間区切りの中で、全く仕事処理されない、つまり全員が疲れて働けなくなる状況が生じてしまう。ところが働かないアリがいて、働くアリが疲れて動けない時に働かないアリが穴埋めするシステムだと、仕事処理量がゼロになる時間が少なくなるのです。コロニーには途切れるとまずいクリティカルな仕事があります。例えば、卵はいつも世話をしていないとカビが生えてすぐ死ぬので、いっぺん仕事が途切れるとコロニーが絶滅してしまう。このようなときには、平均的な効率を上げるよりも、長期的に見て絶滅しないシステムが採用されていると思います。
アリの組織は人間の会社と違って、メンバーを雇い止めのように切り捨てることができない。できるアリが疲れた時にできないアリが穴埋めするシステムが必要、ということがわかってきました。
人の社会と繋がっているなと思ったのは、基礎科学と社会の関係で、一見役に立たないと思われる研究でもやめてしまうと長期的に不利益がある。そういう状況は一般に色々な組織で見られるのかなと思います。働かないアリの話は論文にしている最中ですが、一般的にはウケがよく、組織論としては何か人間と共通しているところがあるのか、人材管理会社から問い合わせの電話や一般向けの本の執筆依頼がよく来ます(笑)」
アリの集団行動の制御
「一匹で生きている生き物だとその個体がする以上のことはしないけど、集団を作る生き物はそれ以上に面白いことがたくさんある。アリには司令塔がいないのに、彼らはどうやって集団全体を制御できるのか、なぜアリはコロニー全体を状況に応じて動かすことができるのかと思っていました。
反応閾値モデルもその一つ。よく働くアリが手一杯になってそれ以上の処理ができない時に休んでいるアリを動員することができる。刻々と変わる労働の必要量に対応し、疲れるという動物の宿命もコントロールし、長期的に見て労働がゼロの時間を減らしているわけです。
サムライアリという奴隷狩りをするアリがいます。別の種のアリの巣に集団で押し入り幼虫を根こそぎ持ってくる。その幼虫はサムライアリの巣で孵って働いてくれる。これを奴隷制といいます。奴隷狩りをするときに巣から出てみんなで行列になって走って出かけるけど、必ず逆向きに走っているアリがいる。なぜそういうムダな動きをするアリがいるのか簡単なシミュレーションをやったんです。
ある方向に走っているとき、ある確率でターンする、フェロモンを感知できないとターンする、すれ違う個体が何パーセント以上だったらターンする、という3つの簡単なルールを想定しておきます。隊列には巣から先導するスカウトがいる。基本的にスカウトはフェロモンを出して、みなスカウトするアリに付いていく。あるところでスカウトを止めると、このようなルールがあると隊列自体がそれより先に進まなくなって、集団全体が巣に戻る。実際のサムライアリには偵察アリがいて相手の巣の位置を見つけてくるのですが、スカウトが止まるということは道をロストしたということなんです。そのまま隊列がつき進んでどっかへいってしまうのでは困る。そういうシンプルなルールがあるおかげで自分の巣に戻ることができる。グループを作って集合している知能の低い生き物はすごくシンプルなルールが決まっていて、全体をうまく動かしているようです」
利口なアリばかりだとエサがうまくとれない!?
「アリはフェロモンを出して別の仲間を後ろにくっつけて移動します。広島大学の西森拓さんがこの性質を使った面白い思考実験をしています。
六角形をつなぎ合わせた蜂の巣のような格子のような空間にエサを置く。アリは前アリを追従して、ある場所にエサがあってそれを採って戻ってくる。アリには完全に追従する利口なアリと、ある確率で前のアリの動きについて行けないアリがいる。追従する方が利口だと、最初に出したフェロモンの通りにしか動けない。前のアリのあとを100%移動するアリだけの場合と、ある確率で前のアリの動きについていけず間違えて進むアリがいる場合、間違えて進むアリがいる方が単位時間辺りにとってくるエサの量が増える。利口なアリしかいない場合、スカウトが発見した道をその通りにしか進まないけど、間違えて進むアリだとショートカットする道が見つかる。そのアリもフェロモンを出すので、最適な探索ルートができてくる。スカウトは最短ルートで行くとは決まっていない。前のアリをうまく辿れないアリがいた方がシステムの最適化がうまくいき効率が高くなる。これはオモシロイやと思って、アリの集団行動の解析をやるようになりました。そういう集団制御の話って面白いなと思います。現実の世界にも応用が効くと思います」