あるとき突然、主婦が7歳の子供に戻ってしまって、「攻撃的になる子供」の例のように、 自分を大切にしてくれる人をいじめるのは、パートナーとの関係の中で「安全な関係」に近いものを持ったからです。

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私たちが憂鬱になれるのは、少し楽になったときです。
ひっぱたかれ、いつ熱湯の入ったやかんが飛んでくるか分からないような生活をしているときは、毎日毎日がスリルの連続で、憂鬱になんかなっている暇は無かったでしょう。
あるいは、「お母さんが自分のせいで死んでしまうかもしれない」と、頭を悩ませている子供たちに、憂鬱になっている暇はありません。
そういう時は元気なのです。
彼らがもし憂鬱になったり、「一体あのときの自分はなんだったの」と思い始めたら、そのときはもう力が出てきて、憂鬱になれる能力が出てきているのです。
すでにその人は、安全な場所にたどり着いているのです。
まず安全な場所にたどり着き、「ここでなら、もう少し、感情を直接表現してもいいのだな」とおもう。
このとき、医者からみたら悪くなっているように見える状態がおこる事があります。
あるとき突然、主婦が7歳の子供に戻ってしまって、「攻撃的になる子供」の例のように、
自分を大切にしてくれる人をいじめるのは、パートナーとの関係の中で「安全な関係」に近いものを持ったからです。
安全な関係は、必ず皆さんの周りに、もうすでにあります。
皆さんは、それを避けているか、気がつかないだけです。
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