マスコミは思考の材料を提供するのか、結論を国民の脳に刷り込むのか

NHKのアナウンサーが
「童謡の赤とんぼです」と紹介するときに
イントネーションが
童謡の音符のままのイントネーションで話した
そのあとで一緒に司会をしていた別のアナウンサーは
ふつうのイントネーションで「赤とんぼ」と紹介していた

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マスコミのあり方がいろいろに言われている
広告の量が少なくなって困っている話とか
排他的な記者クラブの問題とか
政府の方針をそのまま伝えることしかしない、政府と一体で怠惰なマスコミとか

理想的なマスコミは国民に考えるための材料を提供すること
しかし現在までのマスコミは国民に結論だけを伝えて教育すること

しかし考える材料を提供するといっても
どの材料をどの程度の詳細さで提供するかと判断する部分が編集であるはずで
偏りのない編集は多分難しいと思う

マスコミは天気予報や地震警報などを伝える機能もあり
多分そんな感覚で政治も経済も扱っているのだろうと思う

霞が関で方針を決めてそれを宣伝しているのだから
考える材料を提供する場合には霞が関の集めた資料を公開してもらえばいいはずだろう
そこから先は理性の質が同程度ならば同程度の結論が出るということになる

一人ひとりのマスコミ人は非常に良心的で頭の良い人達なので
多分国民に良かれと思って
天気予報と同じように「消費税増税が必要なのだ」と広報しているのだろうと思う
霞が関のお役人も同様で国民のために良かれと思って政策を決定している
それは信用していいと思う

たくさんの報道機関ができて、海外のメディアも様々な情報を伝え、ネットでもまたいろいろに情報が流れている
この状況では、世界の正確な縮図がどうなっているのかを知ることが難しくなる
個人がすべての情報を分析するわけにも行かないし
年をとって経験を積まなければわからないこともある
理性に従いよく考えるといっても
結局どのような材料に接しているかに大きく影響されてしまう

役人もマスコミも学校時代の優等生で
その人たちが代表して考えてくれているのだからありがたいことではある
国民は安心してそれぞれの人生の課題に取り組めば良いのだろう
頭の悪い人が何かを考えるよりも能率がいいだろうと思うのも無理は無い

たまには年金が消えたり誤認逮捕をしたり尖閣を国有化したりオリンピック誘致運動もあるが
基本的には信用して欲しいということだろう
震災の予算を使っていち早く税務署の耐震補強をするのもなにか合理時な理由があるのだろう

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東京に再度オリンピックをという運動を継続しているらしい
大金を投じている
そして一番の問題は地元の市民の賛成が得られないということらしい

ここのところがよく分からないのだが
要するに国民は馬鹿だからオリンピックに消極的である、
頭のいい人たちがオリンピックはいいと判断しているのだから従えということなのだろうか

オリンピック利権なんていう時代ではないですよという国民の判断は健全であるような気がするのだが
どうだろうか

民主主義と独裁主義の定義を私が間違えているのだろうか