一般に精神活動で言えば たとえば女性の場合、母親、妻、独立した個人としての女性、子どもとしての自分、その他の性格・行動パターンを持っているだろう そして状況に応じて、それらの性格・行動パターンを使い分けている 大体は無意識のうちに使い分けているのだが、その指令を出す部分をセルフと呼ぶこともある 状況に合わない性格・行動パターンを使ってしまうと大変まずいことになる しかしそれは人間を観察しているとしばしば生じていることでもある あれあれ、いつもはこんな人じゃないのにな、というような印象を周囲に持たれる

楽天田中投手に関しての評価として
ピンチになればギアを入れ替えて抑えることができて偉いとのことだ

昔巨人江川も似たようなことをしていたと思うが
当時は手抜きと言われて批判されていた

同じことをしていてもこれだけ評価の言葉が違うというのも
面白いことだと思う

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野球選手の場合は田中Aと田中B位を用意しておいて
状況に応じて使い分ければいいのだが
その状況判断の部分がうまくいくかどうかが問題といえば問題である

一般に精神活動で言えば
たとえば女性の場合、母親、妻、独立した個人としての女性、子どもとしての自分、その他の性格・行動パターンを持っているだろう
そして状況に応じて、それらの性格・行動パターンを使い分けている
大体は無意識のうちに使い分けているのだが、その指令を出す部分をセルフと呼ぶこともある

状況に合わない性格・行動パターンを使ってしまうと大変まずいことになる
しかしそれは人間を観察しているとしばしば生じていることでもある
あれあれ、いつもはこんな人じゃないのにな、というような印象を周囲に持たれる

これがひどく大きな振幅で現れるのが性格障害の一部であるし
場合によっては多重人格とか解離性障害とか呼ばれる場合もある

どういうメカニズムで性格・行動パターンが選択されているのか、興味深いがよく分かっていない
素朴に考えると脳内の血流の変化などがあれば分かりやすいのだが
そんなことでもないようだと思う

父親くらいの歳の男性に対しては、父親に対するような態度になってしまうとか
父親との間の未解決の葛藤が表面化してしまうとか
分かりやすい説明もある

しかしどうだろう、目の前にいる人は父親ではないと分かるのだから
調節できそうなものではないか
今日はじめて会って、とっさに対応する必要があったというような場合ならば
昔の行動パターンを使うということもあるだろうが
社会人として振舞っているならば
もっとニュートラルな対応ができて当然だろうと思われる

父親との間に未解決の葛藤があるというのも問題だろうが
そんな問題があっても、いまここで出さないと判断できればいいだけなので
やはりセルフの部分で状況判断ができていないことのほうが大きな問題だろうと思う

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そんなのは特殊な例だろうと思われるかもしれないが
微細に見れば、この種の状況判断の障害は数多く発生しているだろうと思う