自殺率が全国的に極めて低い地区 家庭や仕事の問題などは抱えこまず、取り返しがつかなくなる前に助けを求めよ 助けを求めることを恥ずかしいと思わない 異質なものへの寛容さや人物本位で評価するという特性が強められた可能性があり、悩みを相談しやすい環境づくりにつながった 受けとめる人がいてこそ、悩みを話せる。

 自殺率が全国的に極めて低い地区が徳島県にある。住民の自殺を防いでいるのは何か。その理由を探ろうと、和歌山県立医科大学講師の岡檀(まゆみ)さんが約4年間、調査・研究を続けた結果をまとめた。
 太平洋沿いの人口2千人余の旧海部町。2006年の合併で海陽町になった。
 岡さんは慶応大大学院在籍中の08年、自殺率の低い地域に着目。高い地域の研究は多いが、低い地域はほぼ手つかずだった。平成の大合併前の全国3318市区町村の30年分(1973~02年)の自殺率を年齢調整して分析。海部町が全国で8番目に低く、島にある自治体を除くと日本一低かった。
 岡さんは11年まで約3年間通い、200人以上に話を聴いた。海部町を含む県内の旧9町村の3千人以上にアンケートし価値観や行動パターンなどを調べた。
 海部町は集落が平地に集まり、共同の洗濯物干し場など「サロン」的な場所が多い。町には「病(やまい)、市(いち)に出せ」という言葉が伝わる。家庭や仕事の問題などは抱えこまず、取り返しがつかなくなる前に助けを求めよ、という教えだ。
 アンケートで「助けを求めることを恥ずかしいと思わない」と答えた人が63%と、自殺率が高い県内の自治体より約15ポイント高かった。うつ病の受診率は周辺より高めだが、軽症の段階で受診し、重症化するケースが少ないこともわかった。
 近所づきあいがそれほど密接なわけではない。「日常的に生活面で協力しあっている」と答えたのは17%と周辺の町より低く、「立ち話程度」「あいさつ程度」が8割を占めた。
 このほか、地域のリーダーを選ぶ基準は学歴よりも「問題解決能力」を重視
▽相手が身内か、よそ者かで大きく態度を変えない
▽自分たちの手で暮らしを良くしよういう姿勢が強い
――という傾向も見られた。
 かつて材木の集積地として栄え、多くの移住者によって発展した、地縁血縁が薄い地域の歴史が背景にある、と岡さんはみる。「異質なものへの寛容さや人物本位で評価するという特性が強められた可能性があり、悩みを相談しやすい環境づくりにつながった」
 岡さんは、自殺を予防する五つの因子を定義づけ、結果をまとめた「生き心地の良い町――この自殺率の低さには理由(わけ)がある」(講談社)を7月に出版。昨年度から京都府と青森県、今年度から奈良県の自殺率が低い自治体の調査も始め、共通点などを調べている。
 「生き心地を良くすることは、自殺を減らすことにつながる。海部町の『いいとこどり』を勧めます」
 ●ほどよい付き合い、孤立防ぐ
 旧海部町を訪ねた。海近くに住宅が密集する集落。主婦の左海環(さかいたまき)さん(78)は、2、3日姿が見えない人がいると、「どこか悪いんやろか」などと近所の人と話題になり、「特に一人暮らしの人は見に行くように気をつけています」と言う。
 海部町担当の女性保健師は「地域をよく知り、気にかけて行動し、元気になったらいつものように受け入れている。ほどよい関係で深く入り込みすぎないのが特徴」と説明してくれた。
 海部町などの患者を診る精神科病院の男性医師(71)によると、海部町の女性患者には近所の友達が付き添うことが多い。「友達3人ほどが一緒に来たこともありほかの町では見られない現象。受けとめる人がいてこそ、悩みを話せる。その受け皿が地域でうまく機能しているのでは」(瀬戸口和秀)
 ■旧海部町、五つの自殺予防因子
(1)いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
(2)人物本位主義をつらぬく
(3)どうせ自分なんて、と考えない
(4)「病」は市に出せ
(5)ゆるやかにつながる
 (岡檀さんの研究から)
 ■年齢調整した自殺率が低い順
 (1)東京都利島村           0.0
 (1)新潟県粟島浦村          0.0
 (1)沖縄県渡嘉敷村          0.0
 (4)愛媛県魚島村(現・上島町)    3.7
 (5)広島県下蒲刈町(現・呉市)    5.1
 (6)東京都神津島村          7.2
 (7)沖縄県渡名喜村          6.4
 (8)徳島県海部町(現・海陽町)    8.7
 (9)鹿児島県里村(現・薩摩川内市) 11.2
(10)長崎県伊王島町(現・長崎市)  11.6
 ※数字は10万人あたりの自殺率。岡檀さんの調査から。1973~2002年の平均値をもとにした
ーーー
心理傾向だけではなく
物質的環境をデータで分析したいものだと思うが