殺処分寸前の犬たちを保護してセラピードッグとして育成

 病気や障がいを持った人、介護が必要な高齢者などの治療をサポートする「セラピードッグ」。セラピードッグの育成・普及を行う国際セラピードッグ協会では、病院や介護施設での活動に加え、東日本大震災で被災した方々の心身のケアにも力を入れています。
 「仮設住宅で生活する被災者の方々の中には、大変な孤独感、絶望感を抱いて苦しんでいる人がたくさんいます。私はセラピードッグを連れて何度も被災地に足を運んでいますが、現地に行くと、仮設住宅で自ら死を選んだ方の話をたくさん聞くんです。震災から2年以上が経ちましたが、被災者の心身のケアは切実な問題なのです」(国際セラピードッグ協会代表の大木トオルさん)
 国際セラピードッグ協会が被災地で活動を開始したのは、2011年5月のことです。最初に訪れた宮城県女川町では、3頭のセラピードッグが避難所となっていた老人保健施設を訪問。セラピードッグと接することで心に安らぎを感じてもらうことが目的でした。避難所では、涙を流して「犬の暖かさにいやされた」と話してくれた方もいたそうです。
 「人が無気力になったとき、支えになるのは無償の愛情だと思います。セラピードッグには、どんなときもだれにでも、まっすぐ相手に愛情をそそぐ力があるんです。被害の大きさに比べれば小さな力ですが、セラピードッグが被災者の方々の孤独や絶望感を少しでもやわらげる手助けになり、生きる支えになってくれると信じています」(大木さん)
 国際セラピードッグ協会では、震災後、新たにもう一つの取り組みをスタートしました。それは、福島の被災犬を救助してセラピードッグに育成することです。
 福島第一原発の事故後、警戒区域の周辺では、飼い主とはぐれたり震災後に生まれて野犬化したりした犬の保護が問題になりました。「福島県内で保護された犬、猫、家畜は被災動物として殺処分を免れることになっていますが、収容する犬の数が増えて飼育スペースが足りなくなり、現場はいっぱいいっぱい。何らかの理由で殺処分対象になっていくのです」(大木さん)。
 2011年12月、福島で殺処分が決まった被災犬がいると聞いた大木さんは、すぐに救助に向かいました。そこで4頭の犬を引き取り、以後、6回にわたり18頭の被災犬を救助しています。中には、小さなケージに入れられていたために骨格が変形してしまっていた犬や、野生動物用のワナによって片足を失ってしまった犬、津波で全身泥だらけになって浜に打ち上げられていた犬もいたといいます。警戒区域を長くさまよっていた犬は、大木さんやJヴィレッジ(福島第一原発の事故対応を行う作業員の拠点)の有志の方たちがていねいにシャンプーして除染し、放射線量を検査したうえで迎え入れたそうです。
 こうして国際セラピードッグ協会に引き取られた被災犬たちは、高齢の犬を除いて、すべてセラピードッグになるための教育を受けています。「2012年5月には、最初に保護した4頭のうちの2頭『日の丸』と『きずな』がセラピードッグの実習生として福島県相馬市に里帰りしました。すると、被災を乗り越えて生き延びた同郷の犬ということで、大変喜ばれたんです。犬たちも、福島弁で声をかけられることがうれしそうでした」(大木さん)。
 国際セラピードッグ協会では、現在、「日本被災犬終身保護センター」を建設中です。
 前回ご紹介したように、大木さんはこれまで殺処分寸前の犬たちを保護してセラピードッグとして育成してきました。ブルースシンガーとして活動したり講演を行ったりして得た収益を投じて国際セラピードッグ協会を運営してきましたが、今回、同センターの設立にあたって初めて一般からの寄付を募っています。「命を救うためにはお金がかかります。私が裕福なら殺処分の運命にある犬たちをすべて連れ帰ることができますが、現実には、これまで動物愛護センターから一度に引き取れる犬は2、3頭が限度でした。被災犬に関しては頭数が多いので、初めは私の手にあまると思いましたが、被災犬たちを見ているうちにどうしても投げ出すことができなくなってしまったんです」(大木さん)
 同センターは、被災犬を保護して健康管理し、もとの飼い主の生活が安定すれば希望に応じて返還するほか、飼い主が不明の犬をセラピードッグとして育成し社会貢献することを目的としています。また、今後災害などが起きた時の動物の避難場所や、地域の子どもたちが犬たちに触れあえる情操教育の場としても活用されるそうです。「福島県から多くの被災犬を迎え入れようと準備を進めています。あの震災を生き抜いた生命力のある犬たちですから、きっとすばらしいセラピードッグになってくれるでしょう。また、これをきっかけに災害時の動物保護のあり方が変わり、殺処分される被災動物がいなくなればと思っています」(大木さん)