若年層の投票行動

採録、ひとつの分析。複雑な要素があり、分析しきれない。

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「若年層の投票行動 – 若者をこのような人間に教育したのは誰なのか」
「共産+社民+生活」の反安倍票は2年前と較べて増えていない。
2年前の衆院選での比例得票数に着目しよう。共産党は369万票、未来の党は342万票である。合計で711万票。今回の衆院選での比例得票数は、共産党が606万票、生活の党が103万票。合計で709万票だ。これほど一目瞭然で、今回の選挙の左側の真実を端的に表す証拠資料はあるまい。一言で結論すれば、今回の共産党の躍進は、小沢一郎の生活の党から離れた票が流れ込んだ結果である。私が繰り返し提起しているところの、ファシズムの政治過程に特徴的な、「異端の集中」の現象に他ならない。この2党に社民党を加えた3党の比例得票数の集計を比較してみよう。2年前は853万票、今回は840万票。全く増えていない。投票率が下がったことを加味すれば、横這いと言えるだろうが、安倍晋三の暴走を止める選挙で、この票の横這いは甚だ悲しい現実であり、無残で冷酷な限界と言っていいのではないか。基本的に、この国で左派リベラルと言えば、共産・社民・生活の政党がそれを代表し、民主の一部を含むという構図で理解される。ネットの中で左派の政治主張を唱えている者は、共産か生活か社民の支持者として分布している。今、反原連系など共産傘下左翼は、さかんにこの選挙の「勝利」を吹聴し、山口二郎なども「自民党は勝利していない」などと虚勢を張っているのだが、あまりに空しい独善の説法であり、客観認識と反省意識を著しく欠いた態度と批判せざるを得ない。
このように、負けているのに負けてないと言い張り、勝ってないのに勝っているとウソを言い、主観的な幻想に耽溺して自己満足するのは、撤退を転進と言い続けた戦中の軍部の狂気と同じ政治心理である。事実は、生活の党の票が共産党に流れ込んだだけであり、共産党が小沢シンパの票を回収しただけだ。共産党が衆院で二桁の議席を保持していた当時、すなわち10年以上前の時代は、いわゆる小沢シンパの政治活動はなく、そのネット論者の姿もなかった。2000年代の半ばから、その党派は勢力として出現し台頭したが、政治集団の中を見ると、明らかな右翼と明らかな左翼の二つの矛盾する属性が検出され、イデオロギー的に整理に手こずる集団の性格を持っていた。おそらく、小沢シンパの左派を構成した者たちは、嘗ては共産党や社民党の支持者だったのだろうと見当をつけていたが、もしその仮説が正しいとすれば、今回、小沢シンパ(生活)から左派票がゴッソリ抜け、共産党に回帰して行ったのに違いない。生活の党の集団的自衛権の政策が怪しく、それは小沢一郎の持論を由縁とするのだが、安保問題では立ち位置が曖昧な弱点があり、それを左派層が嫌った点も影響したかもしれない。余談ながら、小沢シンパというのは、内側にくっきりと右翼と左翼が同居しつつ、決して民主党のように内ゲバ抗争して鬩ぎ合うことがなかった。小沢一郎のカリスマの下に左右の個性が服属共存していた。
私なりの見方だが、ある意味で、小沢シンパというのは脱構築の時代の政治集団であり、「右でも左でもない」と言挙げすることが正当化の看板になり、人々の支持と共感を得られる時代の政治集団だったと言える。
ネットでは、山口二郎や反原連系が「自民党は議席を減らした」と大声で宣伝し、安倍晋三の勝利の否認に懸命だが、マスコミの方でも、NEWS23や報ステが、自民党は決して得票を増やしていないという論法を立て、安倍晋三の勝利を相対化する報道をしている。政権に対して距離を置き、政府を監視する言論をマスコミの使命だと多少とも心得る報道番組では、この指摘は与党圧勝の際には必ず提示されるものだ。曰く、今回の自民党の比例得票数は1766万票であり、これは自民党が大敗して議席を3分の1に減らした、5年前(2009年)の比例得票数である1881万票より少ない。比例での自民党の得票率は33.1%であり、全有権者を100とした場合の絶対得票率は17%で、僅かこれだけの支持で全議席の61%(291/475)を占めているという視点だ。小選挙区制の数字のマジックを強調し、もっと投票率が高ければ民意は変わっていたという言い分である。しかし、この議論も聞き飽きた感があり、何やら負け惜しみの雰囲気が漂う。安倍晋三は、2年前(2012年)よりも自民党比例の票を増やしている。今回の方が前回よりも103万票多い。投票率が大きく下がった事情を考えると、自民党が比例で2年前より103万票積み増している事実は過小評価できない。維新のバブルが破裂し、浮気した保守票が自民党に回帰した点を差し引いても、この選挙は間違いなく自民党の勝利だ。自民党は単独で比例票を増やしている。一方、左派(共・社・生)は比例票を積み増せていない。
今回の投票率が低かった問題について、様々な原因がマスコミで論じられているけれど、誰も言わない観点を提出しよう。それは、左派には耳の痛い話である。きわめてシンプルに、投票前の10日間、マスコミがずっと「自民が300議席」と言い続けたから、親安倍・親自民の有権者、特に40代以下の若年保守層が投票しなかったのである。安心したのだ。自民党が勝つと確信し安堵したから、わざわざ投票所に足を運ばなかっただけだ。棄権した主力は反安倍・反自民の有権者ではない。政治に大きな関心(知識)がなく、消極的に安倍晋三を支持し、他野党を支持する動機や信条を持っていない層だ。マスコミが拾う「街の声」で、「特に入れたい候補や政党がなかったから」と棄権の理由を回答する場合が非常に多いが、あの人々を全くの無党派ノンポリだと評価するのは違うと私は直観する。そういう部分も確かに存在するけれど、半分は保守であり、反左翼であり、反中韓であり、左派党(共・社・生)には投票しない集合だ。反安倍・反自民の意識を多少とも持った者ならば、マスコミの「自民が300議席」の予測に対して危機感を覚え、積極的に野党に投票しようと反応しただろう。実際に、今回は若干のアンダードッグのアナウンス効果が作用した。解散時点の、TBSが報じた「アベノミクスの恩恵を感じていない」という若年層の素朴な感想は、「だから安倍晋三の経済政策は失敗で支持しない」ではなく、「鳴くまで待とうホトトギス」が真相だったのだ。政治離れしていると捉えられる若年層は、実態は保守層なのである。
政治的に保守(反共・反中韓)である若者層は、この選挙で消極的に安倍晋三を支持し、安倍晋三以上に賛同する政党や勢力を見い出せず、マスコミが安倍晋三が勝つと太鼓判を押したため、それならいいやと投票を棄権したのだ。それが、今回の低投票率の実相である。若年層は非正規の比率が高く、すなわち世代間で相対的に貧困度が高く、したがって本来なら反ネオリベの意識に傾いてよく、反安倍・反自民の姿勢や主張の者の比率が多くなって当然の存在である。だが、彼らはそれ以上に強烈に反共の教育を受けていて、毒々しい反共思想を内面化しており、2chの書き込みを(半ば社会常識として)当然視するメンタリティを持っている。「ゴーマニズム宣言」を愛読書として読み、たかじんやビートたけしのテレビ番組を見て、池上彰や池田信夫や佐藤優による洗脳を日々受けている者たちである。右翼のイデオロギーに対する対抗観念がない。それを邪悪で危険なものとして捉える理性と感性を持たない。右翼のイデオロギーをブロックする精神のモニター装置がなく、つまりは正しい知識(歴史・政治・社会)の前提がない。左翼的なもの、社会主義的なもの、親中国的なものは悪魔であり、生理的に脅威であり、無条件に排除しなくてはならない天敵だ。大雑把に言って、この国の若者全体が右傾化していて、それはマスコミの現在の標準思想が右翼準拠であることとイコールの事実である。首相も極右だ。一見、政治に無関心に見える若年層というのは、表面を剥がして透視すれば、実体はそういう政治的存在なのだ。
ネットの左翼論者が浮薄に言ってるような、低投票率を根拠にしての、「自民が支持されたわけではない」の言説が、どれほど勘違いで一人よがりの古ぼけた認識か、棄権した若年層一般の内面を分析して仮説を与えることでよく理解できると思う。選挙のとき、マスコミは、「あなたは何の政策に関心を持って選挙に臨みますか」という質問と回答の報道をする。(1)景気回復、(2)社会保障の見直し、(3)外交・防衛、(4)原発エネルギー政策、などというリストをNHKが並べ、グラフを見せながら、武田真一が最も関心の多い項目から並べて読み上げる。この報道を聞いていると、なるほど有権者が関心を示す政策系はこうなっているのかと、自分との差異や一致を照合しつつ、NHKが思惑する選挙民の一般像みたいなところへ誘導される。それは、きわめて漂白された有権者の姿だ。実際の有権者は、そのようなプレーンな政策語の羅列とは無関係に投票しているし、NHKが設計して回収した質問票とは無縁な政治判断で投票行動をやっている。マスコミが漂白して伝える有権者の像が、最も真実と異なるところは、実際の市民は多かれ少なかれイデオロギーの空気の中で呼吸して生きている点だ。人は政策だけで政治を選択しない。イデオロギーで選挙の判断に臨む。共産党だけは絶対に嫌だからとか、民主党は左翼と中国に近い不安があるからとか、そういう感情と印象で自民党を支持し自民党に投票する。あるいは、維新に投票する。今、考えなくてはいけないのは、こうした政治社会の中で正統の集中と異端の集中が始まっていることだ。
こういうときに、改憲を阻止しなくてはいけない側が、自民党は少数にしか支持されてないだの、自民党は今回負けだだの、内輪だけで通用する独りよがりの楽観論を言い上げることが、どれだけ無意味で時間の無駄であることか。この国の左翼は、常に手前勝手な安心理論の上に胡座をかく習性に流れてしまう。眼前の危機を正視して対処することをしない。
この国では若者ほど甚だしく右傾化している。そして、若者ほど体制に順応的な生き方を身につけている。彼らは、安倍晋三や右翼の方向性を支持しているというよりも、多数の意見や全体の意向に逆らわないのだ。異議を唱えないのである。今の政治における多数が何かはマスコミが教えている。異端が何かもテレビとネットを見れば一目瞭然だ。彼らは、生き抜くために、自身が異端の位置に属することを極端に恐れるのであり、自己防衛に過敏になるのであって、場の空気に合わせて、全体が自分に要請する配役や立場を素早く感知して、それを積極的に引き受けるのだ。その習性と態度をしっかり体得していないと、例えば、就職時の会社面接で脱落してしまう。そこで人生が決まる。われわれの頃と違って、面接は個人ではなくグループでやる。チェックされるのは、どれだけ集団での即興の振る舞いで、面接側の期待に応える役割演技ができるかだ。今はその能力を「コミュ力」と呼ぶらしい。若いときに身につける習性と態度とは、その人間の終生の生き方を意味する。
例えば、こんな場面を想像しよう。ある若者が投票に行ったとする。仲間同士の会話の中で選挙が話題になったとき、「選挙、行った?」という質問に、正直に「言ったよ」と答えたら、残りの者たちは、「えー、行ったの!?」と驚き、「どこに投票したの?」と尋ねてくるだろう。若者は答えなくてはいけないが、「自民に投票した」と答えたら、「どうして?」と続けて訊かれ、動機や理由を説明しなくてはいけない。説明すれば、その内容が他の者たちに話題として伝わってネタにされる。「あいつ、自民に投票したんだって。安倍でいいからだって」という具合に。具体的な場面を少しでも想像すれば分かるが、若者たちの一般的態度は棄権なのだ。それがマジョリティなのだ。投票には行かないのが普通であり、行った者が特殊で、興味を持たれ、面白がられて、その行動の中味の説明を求められる。その説明は、聞いて噂にする方は軽いネタだが、説明した方は個人情報として残り、あとあと厄介でリスクのある不安になる。尾ひれが付いて回る可能性がある。さて、このとき、正直に「共産に投票した」などと言えるだろうか。言えない。口が裂けても言えない。理由を訊かれ、説明を始めたら大変なことになる。だから、仮に投票をしていても、仲間で話題になったときは、「行ってないよ」と答えるのが無難なのであり、「投票したい党がないから」と言っておけば安全に済むのだ。無用なトラブルを引き受ける必要はない。
こうした環境や関係のあり方は、若者たちに、選挙に行かないように意識を方向づける。政治に関心や知識を持たないように仕向けて行く。関心を持たない方がいいという判断と思考になる。関心を持たないことが安全だからであり、将来的に身を守るサバイバルに繋がるからだ。関心を持てば、選挙に行くという行動に必然的に導かれる。コミットの責任を持つ。投票に行けば、リスクを冒してその説明(選択の意義・正当性)を友人たちの前でするか、あるいは、「行ってない」と方便のウソを言わないといけない。友人を騙すことは多少とも苦痛が伴うものだ。だから、テレビで大人たちが言うところの、「選挙に行きなさい」という説教は、若者たちにとっては欺瞞的なタテマエ論なのであり、若者には負担の重い、大人の世界で通用する無責任な原則論なのだ。現実の社会は、就職面接がそうであるように、どこまでも漂白された人間像を求めるのであり、社会的な理念を持たない、言挙げしない、異議申立を決してしない、ただ機械のように働く無色透明な若者像を要求する。TOEICのスコアが700で、ITスキルが万全で、早慶一橋卒の学歴が履歴書にある、「コミュ力」の十分な学生を求める。就職面接の真実こそが大人のホンネ論だ。今の若者たちは、中学で、高校で、大学で、理念の重要性を教育されていない。理想を持つことを教育されていない。むしろ逆で、理念や理想を持たないことを教育されている。場に適応して生きることを教育されている。
京都での演説で、不破哲三が右翼批判の正論を述べていたが、社会科学者らしく、きわめて正確に、右翼の思潮の台頭が90年代の「新しい歴史教科書をつくる会」を起点とすることを指摘していた。「つくる会」が結成されたのは1996年、村山談話が発表された翌年である。まさにカウンター・ムーブメントだった。そして、その動きを左派リベラルは抑止することができず、妥協と後退を重ね、右翼の主張をこの国の政治言論の基準にしてしまった。2chの書き込みをこの国の多数意見にしてしまった。この20年間、われわれは青少年を右翼思想で教育してきたのであり、徹底的に反共イデオロギーを刷り込み、左翼を天敵とする反共ロボットを製造してきたのであって、今さら若年層の安倍晋三への支持が高いことを嘆いても、もはや手遅れと言わざるを得ない。「妥協と後退を重ね」と書いたが、右翼の攻勢に抵抗する者はいなかった。正面から抵抗した者を私は憶えていない。80年代後半から90年代前半にかけて、バブルの時期、アカデミーの世界は脱構築が席巻した。脱構築は、近代主義とマルクス主義を敵として攻撃し、来る日も来る日も、社会主義と丸山・大塚を罵倒し、その無意味を喧伝することに夢中になっていた。脱構築は決して右翼を敵にして戦うことをしなかったし、新自由主義への批判もしなかった。脱構築こそが、岩波の権威を使ってアカデミーの内部から、戦後日本の学問の定説や資産を崩して行ったのであり、その無価値を宣告して行ったのだ。ニューアカの小僧を操ったのは全共闘崩れだった。
脱構築が戦後民主主義の思想的基礎を崩し、その理念や歴史認識を破壊し、一掃し、アカデミーを更地にしたから、その地平にやすやすと右翼が入り込み、新自由主義が(経済学の)主流派になったのだ。見かけ上、脱構築は左派リベラルの衣を着ていて、岩波だのの権威の砦の居住者である。だが、思想的にはマルクス主義とは正反対の、すなわち転向してマルクス主義を否定した者たちだ。もっと生臭く動機を言えば、戦後左翼の看板のまま大学で仕事を続けていたら、失業して路頭に迷う羽目になるから、巧く生き残る方途を探し、メシの種としての脱構築の巣を発見し、アカデミーを脱構築の繁殖場に変え、姑息に生業を保ったというのが真相である。80年代から90年代にかけて、見かけ上「左派リベラル」の学者たちは、こうして「現代思想」などに拠って脱構築のエバンジェリズムに励み、戦後社会科学を叩いて貶め、脱構築の王国を繁栄させ、貴族となり、左派市場で商売繁盛させて出世と銭儲けに勤しんだ。彼らは、右翼に対してきわめて宥和的で、特に関心を向けなかった。何の危機感もなかった。姜尚中や上野千鶴子を見ても分かるとおり、右翼と対決して非難する言葉は発しない。「右でもない、左でもない」「大きな物語は終わった」が口癖であり、反右翼の思想闘争の姿を国民の前に示すことはないのだ。目の前で「つくる会」が燎原の炎のように草の根の勢力を広げているのに、相対主義が身上の脱構築屋たちは何もしなかった。終始、マルクスは終わった、丸山は古いと誹謗しまくり、大塚の訳は間違いだと難癖をつけていた。
アカデミーの「社会科学」がこう変わったから、中学や高校の社会科の教師も、80年代以前の正しい教育 – 教育基本法の戦後教育(右翼によれば日教組の反日教育) – ができなくなったのだ。理想を持って不正を憎む精神を、子どもたちに教えることができず、何が正しいことで何が悪いことなのか言えなくなった。脱構築では、良い悪いは相対的なものであり、「いろんな見方ができる」と教えなくてはいけない。「いろんな見方ができる」相対主義の屁理屈を捏ねる子が、脱構築の時代の優等生だ。理想を持ち、時代に対して抵抗したり、体制に対して批判することを、脱構築は無意味とし、古臭い態度としてそれを否定し、現実を肯定して折り合って気楽に生きることを勧める。そうした考え方は、趣味的な社会学として世の中に出て、ブルセラ社会学だのテレクラ社会学だの、歴史社会学だのと一世風靡をするのだが、政治学においては「政治改革」のムーブメントとして怒濤の奔流になった。小選挙区二大政党制を敷き、社会党を潰し、共産党を排除するプロジェクトの先頭で、岩波の新進気鋭の山口二郎がマスコミに出まくって旗を振った。政治学のもう一方では、左翼系学者が、右翼批判ではなく共産党批判に渾身の情熱を傾け、海外出張の自慢をネットでひけらかす営為が流行する。政治学者たちの緊張感の無さは、本当に目を覆うばかりだ。それは現在でも続いていて、敗北である今回の選挙を勝ったと言い、万年一日のカビの生えた論法でその主張を正当化している。2003年頃、一人だけまともなことを言っている知識人がいて、辺見庸だったので、何とか現状を変える政治運動に立ってくれというような手紙を書いたけれど、辺見庸はそんな願いに応じる人間ではなかった。
2014-12-19 00:44