高次症状

症状の成り立ちを考える場合に
どれだけ低次で要素的な症状か
あるいとどれだけ複合的で高次な症状か
を考えるわけでしょう

たとえば状況意味失認などという症状は高次で複合的なものだと思う
そのような高次で複合的な症状が定型的に広く発生するとは考えにくいし
起こったとしてもそれは結果であって
原因というか、基本症状とは考えにくいわけだ

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他人の気持ちがわからないとか
そんな「症状」もやはり高次の機能だろう

他人の気持ちがわかる細胞または他人の気持ちがわかる領域に血液を運んでいる血管
または他人の気持ちがわかる領域の神経細胞を結合している特異的な脳神経伝達物質
などなど、いろいろと考えにくい

他人の気持ちが自然にわかるというのは
電話でいえば、普通に電話ができるということで、
それができない時は、電話機の故障かもしれないし、電線が悪いのかもしれないし、
基地局の問題かもしれないし、本局のマネージメントが悪いのかもしれない。
どれが悪くても最終的には電話が通じないという共通の最終的な「症状」になる

ミラーセルとか言うのであるが、さて、どうしたもの

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場所による症状なのか病理による症状なのか
高次症状の場合には複合的に症状が成立しているはずで
責任病巣や責任病理もはっきりしない性格のはずだろうと思う

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学校の柔道の授業で事故の可能性があるとのことで大外刈は禁止にするとかの報道があった

政治経済的に問題視されているのは大外刈ではなくて柔整の存在である

そして最近話題になった脳脊髄液減少症がある

柔整で病気のメカニズムについてこう言われたと患者は私に報告する

ナイーヴな人なのだろうという判断には役立つのでお話は拝聴し
私は他人の悪口は言わない主義なので誰のどんなことにもノーコメントであるが
この場面でこの話をしたらこの人は何を思うだろうかという予測がないものなのか
他人の気持ちのわからなさを全面展開してみせてくれる
それは実に不思議なものだ

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そんなに信用していて、私にも話して聞かせたいくらい素晴らしいのなら、その人にずっとすべてをお願いすれば
いいだろうと思うが、そうでもないような理由もあるらしい

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たとえば他人の気持ちがわかるではなくて
失読とか
数の概念がないとか
そのあたりの発達の障害ならば
なんとなく要素的な問題のような気もしないでもない

いろいろな機能要素が全般的に微弱に低下しているのでその中では
対人機能障害のような高次機能の不具合が目立つことになるのだろう

要するに高次で複合的といえば一つの言い方だけれども
もう一つの言い方は広汎で全般的でどんな細かい隙間にも忍び込んでいるようなしつこい機能低下ということだろう

それならば、他の機能よりもまず最高次の機能の障害となることも理解できる

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そして柔整問題は政治的に高次の複合的障害とか言い用がない