学校プールでの死亡事故が続いているとテレビで放送されていた 結論はもちろん、 「国がきちんと」である。 肉が責任をもって規制して欲しいというのである。 もちろん、行政も、警察も、地域も、父母の会もみんな関心を持って どうすれば水難事故が防げるのか一所懸命に考えよう そんなときに「国にきちんとしてほしい」と、抽象的な「国」というものにボールを投げて、 あとはただ待つというのは、いかにもおかしいと思う 国に依存しすぎている そして国は国民を依存させるのに成功している 普通に考えたら、現場のプールの管理者

学校プールでの死亡事故が続いているとテレビで放送されていた
結論はもちろん、
「国がきちんと」である。

肉が責任をもって規制して欲しいというのである。
もちろん、行政も、警察も、地域も、父母の会もみんな関心を持って
どうすれば水難事故が防げるのか一所懸命に考えよう
そんなときに「国にきちんとしてほしい」と、抽象的な「国」というものにボールを投げて、
あとはただ待つというのは、いかにもおかしいと思う

国に依存しすぎている
そして国は国民を依存させるのに成功している

普通に考えたら、現場のプールの管理者が、危険はないか考えるのが第一だろう。
そのための補助的な情報が得られればいいが
地域によりプールの運営も違うだろうしそれぞれというものだろう。
国ももちろん関わって欲しいが
「国にきちんとしてほしい」ということで、
国の権限を拡大し、国民は何もできず、国の指示待ちになり、まいまい国に依存するだけだという危険を悟る必要がある。