“なんか、写真がいつのまにか撮り手の個性や能力を表現する作品のように思われている。ぼくはそれは幻想だと思う。写真はべつにそういうことはなにも表さない。というか、なにも表さないことが写真の本質だとすら思ってる。 (いや、もちろん厳密にはそんなことないんだけど。まあ、そこらへんのことはそれこそソンタグの『写真論』とか読んでくださいな) そういうわけで「自分と写真をできるだけ遠ざける」っていうのをやってみよう、と。そういうことです。ぼくがカメラ雑誌なんかでよく目にする文章で気に入らないのは、「自分だけの写真

“なんか、写真がいつのまにか撮り手の個性や能力を表現する作品のように思われている。ぼくはそれは幻想だと思う。写真はべつにそういうことはなにも表さない。というか、なにも表さないことが写真の本質だとすら思ってる。
(いや、もちろん厳密にはそんなことないんだけど。まあ、そこらへんのことはそれこそソンタグの『写真論』とか読んでくださいな)
そういうわけで「自分と写真をできるだけ遠ざける」っていうのをやってみよう、と。そういうことです。ぼくがカメラ雑誌なんかでよく目にする文章で気に入らないのは、「自分だけの写真」とか「あなたらしさを大事に」とかいう、あれ。これ、要するに”自分探し”だ。なんでわざわざカメラ抱えて自分探ししなきゃならんのよ。そんなこというから写真撮れなくなっちゃうし、見せられなくなっちゃう。
自分自身について、考えないこと。とソンダクはいった。ぼくらはほっとくと自分のことを考えちゃう。せめて写真を撮っている間は、「自分自身を脱却できる場所により深く入り込んで」みようじゃないですか、と、そういうワークショップです。いわゆる写真技術のことはなにひとつお話ししません。そういうこと、ぼくしらないし。というか、これがほんとうにワークショップというものなのかどうかもあやしい。”