双極スペクトラムの現況:診断と治療

ここ数年来、双極スペクトラムという言葉が広まっているが、一方で過剰診断などの問題も指摘されている。第22回日本臨床精神神経薬理学会・第42回日本神経精神薬理学会合同年会では、双極スペクトラムの現況についてその最前線をレビューするシンポジウムが寺尾岳氏(大分大学医学部精神神経医学講座)の司会で開催された。
双極スペクトラムの概念と診断
井上猛氏(北海道大学大学院医学研究科精神医学分野)は双極スペクトラムの概念とその診断についてレビューを行った。単極性うつ病と双極性障害を区別するようになったのは、1980年のDMS-III以降である。しかし、①大うつ病エピソードを有する患者の約10%が双極性障害であること、②双極性障害の約2/3が大うつ病エピソードで発症すること、③双極性障害と大うつ病におけるうつ病症状はほぼ同じであり、症状から見分けることが困難であるなどの理由から、単極性うつ病と双極性障害の鑑別は難しい。GoodwinとGhaemiが2000年に提唱した感情スペクトラムは、大うつ病エピソードと双極Ⅰ型障害を両極に据えた概念であり、反復性うつ病と双極Ⅱ型障害の間の一群を「双極スペクトラム障害」としてカテゴリー化し、「従来の診断基準を満たす明確な躁病/軽躁病エピソードは認めないがbipolarityを有する気分障害」と定義した。さらに2007年に、GoodwinとJamisonは大うつ病と双極性障害の間のスペクトラムと、感情障害と気質の間の重症度スペクトラムの二次元で成り立っているとの概念を示した。双極スペクトラム障害(BSD)の診断に関しては、2001年にGhaemiらが診断基準を示している(Ghaemi SN, et al. J Psychiatr Pract. 2001; 7: 287-297)。それに対しKiejnaらが2006年に、単極性大うつ病とBSDでみられる症状について、BSDでオッズ比が高いものを検証した。2000年~2007年に北海道大学病院精神神経科を外来受診した気分障害患者について、最長7年まで経過を観察し最終診断を調査した。その結果、単極性うつ病の5.5%は双極性障害に、4.9%はBSDに変更となり、BSDの25%は双極性障害に変更となり、75%はBSDのままであった。井上氏は、BSDの一部は潜在性双極性障害であり、一部は単極性うつ病と双極性障害の中間型ではないかとの見解を示した。混合性うつ病(Benazzi F. Lancet. 2007; 369: 935-945)は、双極性障害に多く、また双極性障害の家族歴をもつ者が多い。双極性障害に移行する大うつ病でも多くみられ、抗うつ薬で躁転や悪化しやすいという特徴がある。気質の評価ではTEMPS-A気質評価質問紙が用いられているが、質問項目が110項目に及ぶため、井上氏らはTEMPS-Aの質問項目を39にしぼった短縮版を作成した。この短縮版について、北海道大学病院を初診したうつ病患者で気分障害に分類された患者を対象としてプロスペクティブな検証を行っている。井上氏は最後に講演をまとめて、双極スペクトラムの臨床的意義として、大うつ病の診断の際には常に双極性障害を疑い、閾値下の軽躁や躁症状について積極的に問診し診断すること。また、診断の際には、双極性障害の家族歴や反復性、若年発症、抗うつ薬による躁転やリチウムへの反応性、および難治性が手掛かりとなることを述べた。今後の研究の展望として、大うつ病と双極性障害の中間型あるいは移行型に対する診断と治療に対する研究の推進、双極性障害における気質の病因的意義や気質の要因を探ること、治療への応用などを挙げた。
双極スペクトラムの生物学的基盤
気質には生物学的基盤が存在し、双極性障害を誘発することが示唆されているが、循環気質や発揚気質について検討した報告は少ない。帆秋伸彦氏(大分大学医学部精神神経医学講座)らは、発揚気質と光照射との関連について検討を行った。まず、56名の健常者を対象としてアクチグラムを用いて光曝露量を測定し、気質との関連を検討したところ、高揚気質のスコアが高いほど光曝露量が多く、睡眠時間の変動が大きく、中枢セロトニン機能が低くなることが示された(Hoaki N, et al. Psychopharmacology(Berl). 2011; 213: 633-638)。一方、循環気質の健常者では光曝露量は少なく、光を浴びないと気分変動が大きくなる可能性が示唆された(Araki Y, et al. J Affect Disord. 2012; 136: 740-742)。すなわち、発揚気質者では光をよく浴びていることが示されたが、光を浴びていると発揚気質が増強されるのか、あるいは発揚気質者が光を求める向日性を有するのかは明らかではなかった。そこで帆秋氏らは、照度と気質に注目した北海道大学との共同研究で、緯度の異なる大分県と北海道の大学生を対象とし、年齢や性別をマッチさせて気象条件や日照時間の差を考慮した検討を行った。その結果、重回帰分析にて発揚気質のみが大分県と北海道の差を有意に反映し、日照時間が長く光を多く浴びることで発揚気質が増強される可能性が示唆された(Kohno K, et al. J Affect Disord. 2012 Jul 27. [Epub ahead of print])。さらに、発揚気質者では光を好み向日性があるのか検討するために、「発揚気質者では明暗の弁別閾が異なり暗さをよく感じるために光を求める」との仮説をたて、fMRI(functional MRI)で明暗課題の実験を行った。この実験は、健常者35名を対象とし、明るさを11段階に分けたスライドをランダムに提示し、明るいと感じるか(明課題)、逆に暗いと感じるか(暗課題)ボタンを押して答えさせるものである。その結果、発揚気質者と他の者では明暗の弁別閾に有意差はなく、本仮説は否定された。次いで帆秋氏らは嗜好性に着目し、「発揚気質者では明るさを好み暗さを嫌う」との仮説をたて、同様に明るさを11段階に分けたスライドを提示して、好課題と嫌課題の実験を行った。その結果、非発揚気質者では暗いスライドに好きと回答する割合が高く、発揚気質者では暗いスライドに嫌いと回答する割合が高くなり、嗜好性の差とする本仮説は指示された。また、fMRIの解析から発揚気質者では明るさの嗜好性に関連する脳の左楔前部の賦活が他の者より有意に大きいことが明らかにされた(Hoakiら投稿中)。以上の結果から、光を浴びることで発揚気質が増強され、また発揚気質者では明るさを好み暗さを嫌うためにより多くの光を浴びることが示唆された。さらに、発揚気質と左楔前部の賦活の関連が示された。左楔前部は双極性障害の認知課題でその活動性の低下が報告されており、今回の結果は発揚気質と双極性障害との関連を示すものでもあると帆秋氏は述べた。これまでTCI(Temperament and Character Inventory)で分類された気質とPET脳画像との関連についてはいくつかの報告があるが、TEMPS-Aの気質とPET画像との報告はまだない。帆秋氏らは33名の健常者(男性19名、女性14名、平均年齢31.0±8.7歳)を対象として、高照度光照射装置による光照射群と光照射を行わない対照群に無作為に割り付け、5日間の光照射の後にFDG-PET撮像を行い、気質と光照射が脳機能に及ぼす影響を検討した。対象者の気質は、抑うつ気質9名、循環気質10名、発揚気質15名、焦燥気質10名、不安気質2名(重複あり)であった。その結果、男性の照射・焦燥気質群と男性の照射・非焦燥気質群において糖代謝の高い脳部位が認められ、気質が光照射と関連して脳機能に影響する可能性が示された(Kohnoら投稿中)。帆秋氏は最後に、双極性障害から双極スペクトラム、単極性うつ病まで、診断では連続しているのにその治療が異なることに対して、「変曲点」が存在するのではないかという仮説を紹介して講演を終えた。
2014-02-12 23:25