けふまでは雪ふる年の空ながら夕暮方はうち霞みつつ 『後鳥羽院御集』正治2年8月御百首。また、『風雅和歌集』巻第8冬歌。 「正治2年人々に百首召されけるついでに年の暮を」といふのが『風雅』の詞書である。 いかにも『風雅』好みのさらりとした詠みぶりだが、それなりに仕掛けはあるし、しかもずいぶん手がこんでゐる。一つは「雪ふる年」が「雪降る」と「古年」にかけてあることで、これは歳末の雪景色に新春の気配を微妙に感じ取らせる工夫である。もう一つは三重の細工で、「夕暮方」が「夕暮」と年の「暮」のほかに「潟
けふまでは雪ふる年の空ながら夕暮方はうち霞みつつ 『後鳥羽院御集』正治2年8月御百首。また、『風雅和歌集』巻第8冬歌。 「正治2年人々に百首召されけるついでに年の暮を」といふのが『風雅』の詞書である。 いかにも『風 … Read more けふまでは雪ふる年の空ながら夕暮方はうち霞みつつ 『後鳥羽院御集』正治2年8月御百首。また、『風雅和歌集』巻第8冬歌。 「正治2年人々に百首召されけるついでに年の暮を」といふのが『風雅』の詞書である。 いかにも『風雅』好みのさらりとした詠みぶりだが、それなりに仕掛けはあるし、しかもずいぶん手がこんでゐる。一つは「雪ふる年」が「雪降る」と「古年」にかけてあることで、これは歳末の雪景色に新春の気配を微妙に感じ取らせる工夫である。もう一つは三重の細工で、「夕暮方」が「夕暮」と年の「暮」のほかに「潟