長時間労働、夜勤の増加、ストレスなどから日本人の睡眠時間は年々短くなり、世界でも1、2位を争う“眠らない国”になってきている。18日の「世界睡眠デー」を前に、日本人の睡眠について考えてみた。
●年間3兆円の損失
就寝時間について継続的な調査データがある国民生活時間調査(NHK放送文化研究所)によると、「90%以上の人が就寝する時間」は、1941年には午後10時50分だったのが、年々遅くなり2000年には、午前1時になっている。
09年の経済協力開発機構(OECD)のデータ=グラフ=では日本人の平均睡眠時間は7時間50分で、韓国に次いで世界第2位の短さ。よく寝ているフランスに比べると1時間も短い。
国立精神・神経医療研究センターの精神生理研究部部長の三島和夫医師は「日本人全体が慢性的な睡眠不足に陥っている。そろそろ限界に近づいていると思う。社会全体の問題として考えなければならない」と警鐘を鳴らす。
夜間に及ぶ残業、深夜勤務の増加、インターネットの普及、過剰な夜間照明などにより、生活時間が次第に夜型になっている。これに対し、朝の活動時間は変化がないため、必然的に睡眠時間が短くなってきている。
「睡眠不足からくる集中力、パフォーマンスの低下、さらには交通事故や産業事故などにも関係しています」と三島さんは指摘する。経済的損失の推計が、年間約3兆円を超えるという数字もあるほどだ。
また、労働者の約3割が夜勤に就いているが、こうした人たちは頭痛、消化器系の不調、がん、糖尿病や高血圧などといった生活習慣病のリスクが高くなっていることも見逃せない。
●生活の質が低下
こうした睡眠習慣の夜型に加え、深刻な睡眠障害も増えている。製薬会社「MSD」が昨年夏、20~79歳の男女7827人を対象に「不眠に関する意識と実態調査」を行った。これによると、約4割に不眠症の疑いがあったという。
不眠症とは「寝付きが悪い」「夜中に何度も目が覚める」「朝早く目が覚め、ぐっすり眠った満足感がない」ことなどにより、さまざまな精神・身体症状が起き、QOL(生活の質)が低下することをいう。こうした症状が週3日、3カ月以上続くと「不眠症」と診断される。
同調査で不眠症の疑いがあった人は、日中のパフォーマンスがそうでない人に比べ3割以上ダウンしていた。また、そのうち6割の人が睡眠不足などの自覚がなく、自覚があったとしても7割の人が専門医を受診していなかった。
不眠症の原因は多様で複雑とされ、いまだにはっきりしていないが、最近「オレキシン」という神経伝達物質の影響が注目されている。この発見者の一人、筑波大国際統合睡眠医科学研究機構機構長の柳沢正史教授は「オレキシンは脳内の覚醒系を統合しているもの」と説明する。
眠りのメカニズムと関係するものとして大きく三つの要素がある。起きていた時間に応じて必要な眠りを取り戻そうとする「睡眠恒常性」(ホメオスタシス)、夜の決まった時間になると眠くなる「体内時計リズム」、そしてオレキシンなどによる「覚醒システム」だ。
覚醒システムは睡眠、覚醒それぞれに関わる二つの脳神経細胞のネットワークがバランスよく働くことで安眠を得られる。通常、覚醒システムの動きが弱まり、睡眠システムが優位になると眠くなる。この覚醒システムを統合するものとして、1996年にオレキシンが発見され、98年に公表された。このオレキシンの作用をブロックする新しい睡眠薬が昨年11月、海外に先駆け日本で発売された。
「不眠症は、診断そのものや、原因の特定が難しいので、悩んでいる人は自己判断せず専門医に相談することが大切です」と柳沢教授はアドバイスする。
●「8時間」は無理
また、不眠症の患者の多くは「ないものねだり」をしていると三島医師は指摘する。「8時間ぐっすり眠りたい」という呪縛があるが、そもそもこれは無理な話だという。年齢が高くなるにつれ、基礎代謝や、日中の活動量の低下などから長時間眠れなくなる。60代後半では6時間眠れば十分。ポイントはこの睡眠をどの時間帯でとるのかだ。午後5~10時は覚醒しやすい時間帯で、「睡眠禁止ゾーン」といわれている。
「高齢者の多くは早い人で午後7時、普通でも8時、9時には布団に入って、眠れずもんもんとしている。こんな時間に寝たら、夜中に何度も起きたり、朝早く目が覚めたりするのは当たり前のこと」と三島医師は説明する。
このため、睡眠指導として3点を禁止している。(1)早寝(2)布団に長時間いること(3)昼寝の3点だ。「これを守るだけで6時間ぐっすり眠れるようになる人は少なくありません」と三島さん。これに対し、睡眠不足に陥っている働き盛りの日本人は、最低でも布団に7時間いることが求められている。