“ 「生命は」  吉野 弘 生命は 自分自身だけでは完結できないように つくられているらしい 花も めしべとおしべが揃っているだけでは 不十分で 虫や風が訪れて めしべとおしべが仲立ちする 生命は その中に欠如を抱き それを他者から満たしてもらうのだ 世界は多分 他者の総和 しかし 互いに 欠如を満たすなどとは 知りもせず 知らされもせず ばらまかれている者同士 無関心でいられる間柄 ときに うとましく思うことさえ許されている間柄 そのように 世界がゆるやかに構成されているのは なぜ? 花が咲いてい

「生命は」  吉野 弘
生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不十分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべが仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえ許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?
花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光りをまとって飛んできている
私も あるとき
誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

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詩誌「櫂」に集った人たち
川崎洋や茨木のり子、谷川俊太郎も

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 吉野を敬愛するロック・ミュージシャンの浜田省吾が『CLUB SNOWBOUND』(1985年)というアルバムに、「雪の日に」の全文を掲載すべく、浜田自身が吉野弘に承諾を得る為に手紙を書いたところ、吉野直筆の「わざわざご丁寧にありがとう」という旨の御礼の返信をもらい感激したことを、浜田がコンサートで明かしている。ちなみに、浜田の代表曲「悲しみは雪のように」は「雪の日に」にインスパイアされて出来た曲だとも言っている。

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雪の日に     
                   雪がはげしく ふりつづける
                   雪の白さを こらえながら
                   欺き(あざむき)やすい 雪の白さ
                   誰もが信じる 雪の白さ
                   信じられている雪は せつない
                   どこに 純白な心など あろう
                   どこに 汚れぬ雪など あろう
               
                   雪がはげしく ふりつづける
                   うわべの白さで 輝きながら
                   うわべの白さを こらえながら
                   雪は 汚れぬものとして
                   いつまでも白いものとして
                   空の高みに生まれたのだ
                   その悲しみを どうふらそう
                   雪はひとたび ふりはじめると
                   あとからあとから ふりつづく
                   雪の汚れを かくすため
                   純白を 花びらのように かさねていって
                   あとからあとから かさねていって
                   雪の汚れを かくすのだ
                   雪がはげしく ふりつづける
                   雪はおのれを どうしたら
                   欺かないで 生きられるだろう
                   それが もはや
                   みずからの手に負えなくなってしまったかの
                   ように
                   雪ははげしく ふりつづける
                   雪の上に 雪が
                   その上から 雪が
                   たとえようのない 重さで
                   音もなく かさなってゆく
                   かさねられてゆく
                   かさなってゆく かさねられてゆく