前立腺がんを嗅ぎ分けるイヌの能力はほぼ完璧 臨床での応用可能性は?  イタリア・Humanitas Research HospitalのGianluigi Taverna氏らは,特別な訓練を施した2匹のイヌに前立腺がん患者と対照群900例以上の尿検体を嗅ぎ分けさせ,100%に近い精度で前立腺がんの検出結果が得られたと米国泌尿器科学会(AUA)年次集会(5月16~21日,米フロリダ州)で報告した。 さまざまな背景の尿検体900点以上で実験  イヌは鼻腔の嗅覚細胞と脳の嗅覚皮質(嗅球)がヒトと比べてはるか

前立腺がんを嗅ぎ分けるイヌの能力はほぼ完璧
臨床での応用可能性は?
 イタリア・Humanitas Research HospitalのGianluigi Taverna氏らは,特別な訓練を施した2匹のイヌに前立腺がん患者と対照群900例以上の尿検体を嗅ぎ分けさせ,100%に近い精度で前立腺がんの検出結果が得られたと米国泌尿器科学会(AUA)年次集会(5月16~21日,米フロリダ州)で報告した。
さまざまな背景の尿検体900点以上で実験
 イヌは鼻腔の嗅覚細胞と脳の嗅覚皮質(嗅球)がヒトと比べてはるかに発達し,数千~数万倍の嗅覚を有するとされ,その能力は麻薬探知犬や爆発物探知犬として実際に活用されている。医学分野でもヒトの尿検体に含まれる揮発性の有機化合物を嗅ぎ分けられるようイヌを訓練して,さまざまながんを検出させようとした複数の研究が報告されている。前立腺がんに関しては,フランスのチームが2010年に発表した研究で,100%に近い判別結果が得られているものの,使用された尿検体数は66点と少なかった。
 今回の研究では,902点の尿検体(患者群362点,対照群540点)を冷凍保存し,軍の施設に運んで実験を行った。患者群の検体は,生検前または根治的前立腺切除術前に採取した。特筆すべきは,両群とも年齢や投薬,病歴,飲酒,喫煙,薬物使用,食習慣などに関して除外基準を設けず,患者群にはさまざまなGleasonスコア,病期,前立腺特異抗原(PSA)値の患者が含まれ,対照群には女性,乳がんなどの他のがん患者,前立腺肥大症患者などを含めたことである。
 使用されたイヌは2匹ともイタリア軍においてフルタイムで爆発物探知作業に従事する3歳の雌ジャーマンシェパード(名前はLiuとZoe)で,クリッカートレーニング(正しい行動に褒美を与える訓練)によりオペラント条件付けを行った。実験に携わった獣医とイヌのトレーナーは盲検化した。
がんの背景と検出精度は関連せず
 実験の結果,前立腺がん検出の精度は,Liuが感度100%,特異度98.7%,Zoeが感度98.6%,特異度97.6%であった。対照群を男性に限定しても結果は同等で,Liuが感度100%,特異度98.0%,Zoeが感度98.6%,特異度96.4%であった。患者の年齢,Gleasonスコア,病期,PSA値,腫瘍体積,病巣の部位,がんの悪性度,転移の有無などと検出精度の間に関連は見られなかった。このことは,イヌが感知している物質の強さや量は,がんの悪性度や大きさとは関係ないか,その物質がごく微量であってもイヌは感知できることを示唆している。
 筆頭研究者のTaverna氏は「高度な訓練を受けたイヌは,前立腺がん患者の尿検体を100%に近い精度で嗅ぎ分けられることが分かった。また,その能力と臨床および病理学的指標との間に関連は見られなかった」と結果をまとめ,「この能力を利用して不要な生検を減らし,高リスク患者を絞り込むことが将来可能になるかもしれない」と付け加えた。
実用化には“フェラーリ”を多数そろえる必要あり
 ただし,Taverna氏は,今回の知見を広く臨床応用できるようになるには,まだまだ未知の因子が多いことを指摘している。
 臨床モデルとしては,まず実際にイヌを使用することが考えられるが,そのためには多数のイヌを訓練し,多数の施設に配備しなければならない。同氏は,こうした探知犬をイタリアの高級スポーツカーであるフェラーリになぞらえ,「非常に優秀なイヌでなければならない」と述べている。実際,爆発物探知犬の場合はミスが甚大な被害に直結するため,麻薬探知犬よりもさらに優秀であるという。したがって,多数のイヌをそろえるのは至難と考えられる。
 また,訓練に必要な期間(今回は6カ月を要した)や検査体制の確立と維持に必要な費用も現時点では不明である。さらに,さまざまな条件下でイヌが安定した精度を再現可能なのかも不明である(例えば,天気によって臭いの検出能力が変化する可能性がある)。以上の問題に加え,イヌの判定を基に生検や前立腺摘出手術に進んでよいのかという倫理的な問題もある。
 一方で,臭い物質との接触による電気的性質の変化を検出するelectric noseと呼ばれる装置や,ガスクロマトグラフィーを用いた臭いの分析方法の研究が進められているが,こうした技術にイヌの作業を代行させるモデルの場合,まず,イヌが感知している分子あるいは化合物がなんであるのかを特定する必要がある。これも極めて困難な作業で,現時点では解明が進んでいない。いずれにしても,今回の知見が具体的に活用できるようになるのはまだまだ先のようだ。