AQJとかTEGとか、患者さんに書いてもらうのが普通だけれども、実際にはしないとしても、たとえば、患者さんに替わって、治療者が書けるというくらいに、面接であれこれ聴きこんで欲しいわけです。「この人はこの質問に対しては、1.だけど、いろいろ考えて、2.くらいにつけるだろうな」という具合に、あまり考えなしにぱっぱっとつけたら、どうなるか、いろいろと考えて配慮の結果つけたらどうなるかとか、二種類くらい、出そうですよね。逆に、そういう気持ちで入ると、治療の中での情報処理が多重的になるわけです。
AQJとかTEGとか、患者さんに書いてもらうのが普通だけれども、実際にはしないとしても、たとえば、患者さんに替わって、治療者が書けるというくらいに、面接であれこれ聴きこんで欲しいわけです。「この人はこの質問に対しては、1.だけど、いろいろ考えて、2.くらいにつけるだろうな」という具合に、あまり考えなしにぱっぱっとつけたら、どうなるか、いろいろと考えて配慮の結果つけたらどうなるかとか、二種類くらい、出そうですよね。逆に、そういう気持ちで入ると、治療の中での情報処理が多重的になるわけです。