5つの重大精神疾患に共通する遺伝的リスク因子を特定/Lancet

ゲノムワイド関連解析の結果、5つの重大な精神疾患自閉症スペクトラム障害、注意欠陥多動性障害、双極性感情障害、大うつ病性障害、統合失調症]に共通する遺伝的なリスク因子を特定したことを、米国・マサチューセッツ総合病院のJordan W Smoller氏ら精神科ゲノム協会(Psychiatric Genomics Consortium:PGC)のCross-Disorder Groupが報告した。精神疾患の発症メカニズムは大部分が明らかになっておらず、そのため鑑別を困難なものとしている。一方で発症に関して遺伝的なリスク因子が重視され、遺伝的な重複の評価などが行われるようになり、家族研究や双子の先行研究において精神疾患間で共通する遺伝子の存在などが報告されていた。Lancet誌オンライン版2013年2月27日号掲載報告より。
ヨーロッパ人3万3,332例のSNPデータをゲノムメタ解析
 PGCは2007年に、19ヵ国の上記5つの疾患のデータを集約してゲノムメタ解析を行うことを目的に立ち上げられた。本検討では、これまでに統合失調症と双極性障害、双極性障害と大うつ病などの疾患間で報告されていた遺伝的な重複について、5つの疾患間でゲノムメタ解析を行った場合に、遺伝的に共通する特異的な異型が認められるかを目的とした。
 解析は、ヨーロッパ人3万3,332例の5つの疾患に関するSNPデータと、対照群2万7,888例のデータについて行われた。
カルシウムチャネル活性遺伝子の変異が多様性に影響か
 主要解析の結果、5つの疾患間で重複するSNPの4つの領域が特定された(p<5×10-8)。染色体3p21と10q24の領域、残る2つはL型電位作動型カルシウムチャネルのCACNA1CとCACNB2であった。
 これらの領域の疾患への影響は、モデル選択解析において支持され、先行研究で報告されていた統合失調症あるいは双極性障害の関連領域は、可変的な診断特異性を有することが示されたという。また、その影響を精査した多遺伝子性リスクスコア解析から、とくに成人期発症の疾患において影響があることが認められた。
 5つの疾患の遺伝的重複の基礎となる生物学的関連の確認するために行った経路解析からは、カルシウムチャネルのシグナル伝達の関与を支持する結果が得られた。また疾患間の重複のエビデンスを示すSNPはeQTLマーカーによって脳内に豊富に存在することが確認されたという。

 解析結果を踏まえて著者は、「特異的なSNPが幼児期発症から成人期発症までの精神疾患と関連していることが示された。特に、カルシウムチャネル活性遺伝子の変異が、精神病理学的な多様性に影響しているようである」とまとめた。その上で今回の知見は精神疾患の定義や鑑別にエビデンスを提供するものであるとまとめている。また、著者らはサマリーでの解釈で「精神医学における記述的症候群を超えて、疾患の原因に基づく診断学というゴールに向けたエビデンスをもたらした」と高らかに宣言している。
ーーーーー以下、精神科医によるコメント
死後脳の大規模(33332 cases and 27888 controls)解析により、5つの精神疾患(自閉症スペクトラム障害、注意欠陥多動性障害、双極性感情障害、大うつ病性障害、統合失調症)に共通の(cross-disorder)、いくつかの一塩基多型との関連が見いだされたという報告である。

 著者らはサマリーでの「解釈」で「精神医学における記述的症候群を超えて、疾患の原因に基づく診断学というゴールに向けたエビデンスをもたらした」と高らかに宣言している。確かに、これにより精神医学は科学として確実に一歩前進した。しかし、著者らはゴールまでの気の遠くなるような距離を知っているに違いない。

 医師の皆さんはご承知かと思うが、他職種の方や学生さんも読者におられると聞いているので背景を説明しよう。

 精神疾患は現代においても検査値のような生物学的指標が存在しないため、古典的な記述診断学がいまだに重要である、というより生命線である。したがって極度の論理的厳密性が要求されるし、人間という存在を包括的に捉えることが求められるため関心領域が広く、診断学は小宇宙のごとき知の体系である。また解離性障害(米国で文化現象として解離性同一性障害―俗にいう多重人格―が激増したり、幼少期の性的虐待に関する偽記憶をめぐる論争が起こったりした)や昨今の成人発達障害などの例を紐解くまでもなく、現実の社会と大きく相互作用を持つため、静的ではなく動的な、あえて言えば生きている体系なのである


 だが、診断学は病因から説明するものではないため、精神疾患がなぜ発症するのかという疑問は残される。そこで昔から生物学的要因(遺伝子)か後天的要因(たとえばストレス)かという、俗にいう「氏か育ちか」という論点がある。

 筆者の専門とする認知症領域は、比較的生物学的指標が明らかになってきた領域である。アルツハイマー型認知症の新しい診断基準では、研究的カテゴリーにおいてアミロイドβとタウ蛋白等が取り入れられているが、原文を読めばわかるが所詮は参考所見であり、「臨床診断に勝るものなし」というのが現状である。今回の一塩基多型も、おそらく診断や治療には直接結びつくものではないだろう。

 つまり、脳と精神の世紀は始まったばかりなのである。おそらくこれから大航海時代が訪れ、想像もつかないようなイノベーションが起こるかもしれない。著者らの言うように、記述診断学の絶対性は少しは揺らぐだろうが消えることはないだろうし、今後は社会学や生物学と関連して、われわれ精神科医が知らなければならないことが激増しそうだ。なかでも近年発展の著しい遺伝学は、どこまで私たちの精神を解き明かすのだろうか・・・めまいを禁じ得ない。

 最後にこのような巨大なコンソーシアムを作り上げるために大変なご苦労をされた著者らを心から賞賛したい。ここから先は内輪のことだが、それにしても、これら5つの疾患に共通の基盤を探すとは、いかなる仮説を立てているのだろうか?(とりあえずこの論文ではカルシウムチャネル云々と書いてはある)。この論文は実は面白い論文で、改めて素直に眺めると新しい局在論にも思えるし、単一精神病理論の回帰にも見えなくもない(通常は統合失調症と双極性感情障害までなのだが)。精神科医の同僚たちと医局でおしゃべりをするネタが増えたようだ。

ーーーーー別の報道

 自閉症、注意欠陥多動性障害(ADHD)、大うつ病、双極性障害そして統合失調症の5つの精神疾患に共通する遺伝的リスクファクター(危険因子)が存在する可能性が、米ハーバード大学医学部教授のJordan Smoller氏らの新たな研究で示された。将来的にはこの遺伝子多様体(バリアント)が予防や治療の重要な標的となる可能性があるという。研究論文は「The Lancet」オンライン版に2月28日掲載された。

 Smoller氏によると、いくつかの精神疾患の遺伝的要素には著明な重複が認められることもわかっており、特に統合失調症と双極性障害、うつ病、またそれよりは少ないものの自閉症と統合失調症、双極性障害にも重複がみられたという。しかし、このような多様体が疾患に関与する機序は正確にはわかっていない。付随論説の著者であるイタリア、ボローニャ大学のAlessandro Serretti氏はこの知見について、疾患の分類、リスク予測、新しい薬剤治療などの臨床的応用の可能性があるが、直ちに応用できるわけではないと述べている。

 今回Smoller氏らは、精神医学ゲノミクスコンソーシアム(Psychiatric Genomics Consortium)がスキャンした5つのうちのいずれかの精神疾患のある3万3,000人強および疾患のない約2万8,000人の遺伝子データを分析。その結果、どの疾患にも重複する4つの遺伝子領域が見つかり、そのうち2つは脳内のカルシウムバランスを制御するものだった。 

 この重複する遺伝子多様体は、成人の双極性障害、大うつ病および統合失調症のリスクを増大させる可能性があるという。さらに詳しく分析すると、脳内のカルシウムチャンネルの活性を司る遺伝子が、自閉症とADHDを含めた5つの疾患のいずれの発症にも重要である可能性が示された。Smoller氏は、この遺伝的リスクファクターは疾患を促進するリスクのごく一部を占めるにすぎない可能性もあり、現段階では診断ツールとして利用するには不十分であると述べる一方、この知見は新しい治療の開発に有用であるほか、疾患の定義や診断方法に変化をもたらす可能性もあると説明している。

 別の専門家は、この5つの精神疾患にはいずれも共通する臨床的特徴および症状がみられることから、「特定された共通のリスクファクターが疾患に関連しているのか、共通する臨床症状に関連しているのかが問題である」と指摘している。別の専門家は、この知見が精神疾患を理解するうえで「重要な一歩」であることに同意し、さらに多くの遺伝子研究が実施・分析されれば、最終的には薬剤治療や予防のための新しいモデルができるだろうと述べている。