遺伝子について言えば、がんは遺伝子が変異した後に生じる。正常な細胞では、遺伝子が、いつ、どのように細胞分裂すればいいかを指示している。いくつかの遺伝子は分裂を促すアクセルのような働きをし、別の遺伝子は、それを抑制するブレーキの役目を果たしている。たとえば、傷ついた皮膚が治癒するときに、傷が治れば細胞の再生が止まり、過剰な皮膚の塊ができないのは、この促進と抑制の絶妙なバランスが保たれているからだ。しかし、がん細胞ではそのバランスが崩れ、「進め」の信号だけが光り続ける。したがって細胞は、いつ成長を止めればい

 遺伝子について言えば、がんは遺伝子が変異した後に生じる。正常な細胞では、遺伝子が、いつ、どのように細胞分裂すればいいかを指示している。いくつかの遺伝子は分裂を促すアクセルのような働きをし、別の遺伝子は、それを抑制するブレーキの役目を果たしている。たとえば、傷ついた皮膚が治癒するときに、傷が治れば細胞の再生が止まり、過剰な皮膚の塊ができないのは、この促進と抑制の絶妙なバランスが保たれているからだ。しかし、がん細胞ではそのバランスが崩れ、「進め」の信号だけが光り続ける。したがって細胞は、いつ成長を止めればいいのか、わからなくなるのだ。
 がんは、細胞の成長が制御できなくなった結果だが、さらに重要な特徴は、それが進化し続ける、ということだ。人は、がんを、機械的に増殖していく静的な細胞と見なしがちだが、がんはもっと賢く、動的である。がん細胞の新たな世代が生まれるたびに、新たな変異が起きる。さらに厄介なことに、がんは化学療法にさらされると、変異して薬物耐性を持つことがある。つまり、抗生剤を使うと耐性菌が生まれるように、抗がん剤は薬物耐性がん細胞を生み出す恐れがあるのだ。
 ここでもう一度、遺伝子レベルでがんを見てみよう。進化が選択したのは、がんの「外見」であって、「遺伝子」ではない。つまり、がんの遺伝子はそれぞれ異なるが、外見はどれも似ているのだ。たとえば、乳房、大腸、肺、脳、あるいは前立腺などにがんをもたらす遺伝子の変異は、数十種あるかもしれないが、がんの振る舞いは、どれも似たりよったりだ。乳がんは、人によって遺伝子の基盤は異なるはずだが、顕微鏡で見ると、その腫瘍細胞はどれも同じに見える。また、乳がん細胞とほかの臓器のがん細胞の外見は、とてもよく似ている。つまりがん細胞は、どこに発生したものであっても、見かけと振る舞いに多くの共通点があるのだ。これは、がんを理解するうえで重要なポイントである。
 しかし、科学者はもっぱら、がんをもたらす遺伝子の変異ばかり追ってきた。がんは遺伝子がもたらす病気ではない。むしろ細胞が遺伝子の変異を利用して、ある特定の外見や振る舞いをする病気なのだ。したがって、がんを治そうとしてある変異の道筋を封鎖しても、がんはまた新たな道を巧みに見つけるのである。

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なるほどね。遺伝子の損傷は様々であるはずなのに、結果としての腫瘍細胞はよく似ている。これはおかしいのではないか。腫瘍細胞の特徴として我々が観察しているのは、遺伝子損傷に対しての細胞の一般的反応ではないかということになるのだろう。