本書はチュービンゲン学派(Tübinger Schule)を代表する精神医学者の主要論文の邦訳である。本書を読めばチュービンゲン学派の研究のエッセンスを学ぶことができると思う。
まず本訳書のうまれた経緯について述べておきたい。1997年6月ドイツのミュンスター大学で開かれた「精神医学の諸次元」というシンポジウムに招かれ,その後半年ほどTölle教授の下に滞在した。その折にTölle教授からチュービンゲン学派のなかでKretschmerの著書はほとんど日本語に訳されているが,チュービンゲン学派の主要な論文はまだ紹介されていないのではないか,帰国後にこれらの主要な論文を一書に編んで訳書として出版したらよいのではないかという提案をいただいた。それでTölle教授と私でその具体的内容を議論しながらできあがったのが本書であり,Griesingerに始まり,Gaupp,Kretschmer,Mauzを経て,Engelmeier,Schimmelpenning,Tölle,Mesterの世代に及んでいる。
日本の精神医学は明治以来主としてドイツ精神医学の影響下で発展してきた。たとえば私の恩師である内村祐之先生の精神医学は,Schneiderの記述精神病理学を基本に,Kretschmerの多次元精神医学(多次元診断と治療)を加えて形成されたといってもよいであろう。私自身の精神医学もその衣鉢を継いでいる。私とチュービンゲン学派との個人的関係についてはかつて書き記した文章(神戸精神分析学会編『精神分析』誌9号,2001年所収)があるので巻頭に再録する。
DSM-Ⅲの登場以来,アメリカ流の操作診断が日本にも普及しつつあるが,これとても,それまで精神分析が主流であったアメリカ精神医学にドイツ精神医学が,つまりSchneiderの記述精神病理学とKretschmerの多次元精神医学とがとりいれられて成立したとみることもできるであろう。ここにもDSM-Ⅲ・Ⅳという精神医学の共通診断の成立に果たした20世紀のドイツ精神医学の所産の大きさを感ぜざるをえない。
精神科医をめざす最近の若い人たちが安易に操作診断と薬物治療のアルゴリズムで良しとしてしまう危険を感ずる。それにつけても,その背後にあるハイデルベルク学派(Heidelberger Schule)とともに20世紀のドイツ精神医学の二大潮流であったチュービンゲン学派の臨床研究を原典に即して学ぶ必要があることを痛感する。
最近ドイツ語の著作や論文を原典で読める研修医が少なくなっていることを思うと,翻訳書が研修医のテキストとして役立つことを確信している。本書を読めば,広い視野と深い洞察にみちた多次元精神医学の醍醐味をじっくりと味わうことができるであろう。
飯田 眞
目次●
翻訳によせて:Rainer Tölle
まえがきにかえて――チュービンゲン学派:飯田眞
Ⅰ部 概 説
1. 精神医学における次元:Rainer Tölle
2. 多次元診断 治療の土台――臨床研究の限界:Gustav W. Schimmelpenning
Ⅱ部 主要論文
3. ベルリン大学精神科開設に際しての講演:Wilhelm Griesinger
4. 精神医学的認識の境界:Robert Gaupp
5. パラノイア学説によせて:Robert Gaupp
6. 外傷性脳衰弱における心因性妄想形成:Ernst Kretschmer
7. パラノイア学説の現代的発展のための原則について:Ernst Kretschmer
8. 内因性精神病の予後学:Friedrich Mauz
9. 内因性精神病における精神療法の可能性――個人的回顧ならびに展望:Friedrich Mauz
10. 患
者に傾聴すること――精神科治療の人間学的視点:Rainer Tölle
11. 治療と症状改善に対するうつ病者の体験について:M.-P. Engelmeier
12. 寄生虫妄想――幻覚の構造と病因論への寄与:Horst Mester
Ⅲ部 人と業績
13. Wilhelm Griesinger(1817-1868)――科学的精神医学の150年:Rainer Tölle
14. Robert Gaupp(1870-1953):Friedrich Mauz
15. Ernst Kretschmer(1888-1964):Friedrich Mauz
16. Friedrich Mauz(1900-1979):Gustav W. Schimmelpenning
17. Max-Paul Engelmeier(1921-1993):Kurt Heinrich
18. Horst Mester(1934-1984):Rainer Tölle
19. チュービンゲン学派――多次元精神医学の起源:Rainer Tölle
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クレッチマーは、次のように述べている。
「まず人格の体質生物学的基礎(遺伝・気質)に即して観察し、次に心理反応的体験要素と個々の動機という観点から、最後に一般社会学的関係にしたがって吟味する。さらに、共存する身体的要因(中毒・障害者・感染・疲労・夢)などを臨床的に詳しく調べていけば、因果的な全体像が完成する」
現在の精神医学の概念に沿って、これを整理すると、各次元とは次のようなものになる。
生物学的次元
遺伝、体型・体質、性的成熟、脳障害・脳波異常、精神病、中毒
医学心理学的次元
知能、気質・性格、自我の成熟、人格、心因反応、夢・幻想
心理社会的次元
生育環境(親子関係など)、人格環境、犯因性社会環境
文化社会的次元
価値観、地球、学校、その他
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http://smapg2011.up.seesaa.net/image/biopsychosocial20model.pdf
こちらはGhaemiが
Bio-psycho-social というのは実はどうなんだと
論じている