第29章 パーソナリティ障害、PTSD、身体表現性障害

第29章 パーソナリティ障害、PTSD、身体表現性障害
ポイント・パーソナリティ障害の患者はPTSDを体験しやすい。・クラスターB患者はPTSDを発現しやすい。しかしクラスターAやCもまたPTSDに苦しむ。・身体表現性障害は回避性、妄想性(偏執的)、自己敗北的(自滅的)、演技的、強迫的パーソナリティ障害によく見られる。・どのパーソナリティ障害でも身体表現性障害を起こす。
パーソナリティ障害は本当にトラウマとなる病気である。—-Handbook of Personality Disorders , ed. Jeffrey Magnavita
心的外傷後ストレス障害(PTSD)は患者が心的外傷を受けた後に発生する。トラウマを受けた時に不安が処理されることはない。それはトラウマが重すぎるからであり、かつ/または、患者の精神状態がよくない結果からでもある。パーソナリティ障害の患者はトラウマの解消処理は特に苦手で、彼らは侵入的なトラウマ体験を何度も繰り返しやすいし、夢に見たり、トラウマ体験を思い出させる小さな手掛かりにも苦しい反応を呈したりしやすい。結果として、回避的になり、トラウマに過敏になることもある。クラスターB患者の場合、PTSDになりやすい。反社会性パーソナリティ障害では、彼らが法律や規範を破るときに危険な状況に落ちいるので、そのときにはトラウマを受けている。彼らの衝動性や攻撃性は暴力を引き起こすし、また他人の安全を脅かすことになる。境界性では強烈で不安定な対人関係がトラウマを引き起こす。彼らも衝動的であらゆる種類のトラブルに巻き込まれる。自己愛性や演技性は過剰に感情的で、対人関係でトラウマを引き起こしやすい。
キーポイントクラスターAもCも一般よりもPTSDになりやすい。
妄想性パーソナリティ障害は本質的に過剰覚醒でイライラしていて、PTSDになりやすい。スキゾイドは容易に一人になってしまい、自分を縛り付けてしまう。回避性は容易に他人を回避し行動を回避する。依存性ではPTSDになるとさらにますます世話係にしがみつく。強迫性ではPTSDになるとますます周囲をコントロールして命令するようになる。
症例スケッチ
飛行機はアンジーにとって怖くもなんともなかった、その事故の時までは。33歳、2児の母、パートタイムで仕事に出て、文房具屋で事務員をしていた。ある金曜の夜、アンジーと夫、娘と息子は一流会社の西行きの飛行機に乗って、休暇に義理の母に会いに行こうとしていた。静かな飛行が続いていたが、パイロットが「晴天乱気流です」と告げた。彼は全員にシートベルトを締めるように指示した。アンジーがそのアナウンスを聞いたのはトイレだった。そして数回機体がバウンドするのを感じた。自分の席に戻ろうとしていた時、飛行機は突然数百フィート落下した。彼女が方向感覚を取り戻す前に、天井に頭を打ち付けた。アンジーは数秒間、空中に吊るされていたような感じがした。そして見ると、子供と夫はシートベルトをして安全に座っていた。恐ろしい不安と絶望が彼女を襲った。彼女の人生の一こまずつが明滅した。直後にアンジーは飛行機の床に倒れた。しかし自分で立ち上がり、席についてシートベルトを締めた。心臓は暴力的なまでにバクバクし、極度な不安を感じた。飛行機は中西部で緊急着陸し、乗員は全員病院に収容された。アンジーを診察した医師は、肩を怪我している以外は健康だと判断した。しかしアンジーは健康どころではなかった。夜になって問題が始まった。いつもは彼女はよく眠れるのだが、入眠が困難になった。やっと眠ると、悪夢を見て、飛行機は墜落して炎上して彼女は死ぬ。叫び声を上げて起きた。夫は彼女を安心させようとしたが、彼女はそれも拒んだ。次の日、食欲がなくなった。飛行機がどんなに怖かったか考え続け、考えることをやめられなかった。息子がおもちゃを落とす、娘が叫び声を上げる、そのたびに恐怖が蘇り、体が震えた。夫は彼女の過敏さをからかった。「いつも体に気をつけているのは理解しているけれど、ちょっと気にし過ぎだよ」と夫は言った。職場で仕事中にウロウロ歩いていたので同僚は驚いた。とうとう、上司は医者に行くように助言した。アンジーはそれを無視した。彼女は「特別」で、自分の好きなようにする特権が与えられているといつも思っていた。二ヶ月が過ぎても睡眠、食欲、驚愕反応、気分、集中力、これらは元に戻らなかった。友人が推薦してくれた精神科医いたので嫌々ながら彼女は訪れた。精神科医は50台の共感的な女性で、アンジーは好感をもった。通常体験の範囲外の苦痛な出来事を体験した時に、PTSDになることを精神科医が説明した。医師は週一回の精神療法を勧め、ゾロフト100mg/日を処方した。精神療法の中でアンジーは飛行機が緊急着陸するときに体験した死ぬほどの恐怖を話し、その体験が、子供の頃の、命にかかわるようないくつかの事故を思い出させていたことも分かった。治療開始して6ヶ月してアンジーは落ち着きを取り戻した。睡眠と食欲が戻った。静かな気分でいられたし集中できた。もちろん、彼女は依然として自分が重要人物であることについて誇大な感覚を持っていたし、自分は「特別」で、多くの称賛に値すると思っていた。夫が提案して再度母親に会いに西部に飛行機で行くことになった。彼女は同意していたのだが、2ヶ月前になって計画を拒否した。
ディスカッション
PTSDは非常によく見られる病気で、生涯有病率は1-14%、男性のほうがトラウマ状況に遭遇する機会は多いが、女性のほうが多くPTSDになる。通常患者は姓名の危険に至るようなトラウマ体験のあと3ヶ月以内に発症する。アンジーの場合は、死後の直後にPTSDを発症している。彼女は強烈な恐怖と絶望を体験したが、これは2つともよくある症状である。彼女の自己愛性パーソナリティ障害のせいでトラウマを処理解消することができなくなってしまった。トラウマを処理解消できていればPTSDを回避できたはずである。パーソナリティ障害のせいで患者はトラウマを正しく処理解消できず、感情や身体反応を一時的にブロックすることもできなかった。誇大性があるので自分の能力を過大評価し、その考えにとらわれてしまうので感情を処理することができなくなる。そして感情が未分化なままに遮断されるとPTSDが起こる。過剰覚醒、不眠、イライラ、集中力低下、驚愕反応、これらはみ典型的なPTSDの症状である。アンジーにとって幸いなことに、問題の所在がすぐに分かり、恐怖症、大うつ病、心身症を回避できた。ゾロフトや他のSSRIはPTSDによく効く。もちろん、治療が短かったため、自己愛性パーソナリティ障害はそのまま残されている。 身体表現性障害では、身体症状があり、それは身体疾患を疑わせるが、結局身体病ではないことが分かる。症状は患者を苦しめ、生活を困難にする。パーソナリティ障害患者は身体表現性障害になりやすく、その中には身体化障害(ヒステリー、すなわちブリケ症候群)、転換性障害(心理的葛藤が身体症状に転換している。感覚面と運動面の2つの神経学的愁訴)、心気症(病気ではないかと心配すること)、身体醜形恐怖(身体部分が不完全であるという妄想)、疼痛障害(局所的痛み)、未分化型症状(説明できない身体的愁訴)などが含まれる。回避性、妄想性、自己敗北型、演技性、強迫性では身体表現性障害が起こりやすい。ある意味では、身体表現性障害はPTSDと似ていて、体験の処理解消が適切にできていない。PTSDではトラウマそれ自体のせいでトラウマの処理解消が途中で止まったままになってしまう。一方、身体表現性障害ではトラウマ体験は子供時代の早期または後半期に起こり、多くは身体に症状が出る。身体という舞台で、患者の心理的葛藤が上演される。古典的な話としては父親を絞め殺したいと思った次の日の朝、手が麻痺して動かなくなっていた例がある。これは現代では転換性障害と呼ばれる。最近では患者が心理学を理解しているので、このような劇的な転換症状はまれである。しかしフロイトの時代には普通に見られたものである。
症例スケッチ
バーバラは38歳のパン屋のオーナーで、頬のほくろが痛んで一晩に3時間しか眠れなかった。子供時代からのほくろだが、今本人は悪性のものだと信じていた。皮膚科を訪れたところ、医師は良性だと保証して彼女を安心させた。痛みはすぐに無くなった。一週間後、便秘の後で下痢になった。バーバラは腸の癌になったと確信した。プライマリーケア医師は診察の結果異常なしと伝えた。医師は大腸内視鏡検査の必要さえないと判断した。再びバーバラはすぐに回復した。バーバラのパン屋の3人の従業員は陰でニヤニヤ笑っていた。彼らは「バーバラはもう一度ガンで死にそうになるに違いない」と笑った。女主人の健康に関する恐怖を何度も見てきていたので、本気にはできなかった。彼らは彼女がいつも注目の中心になり、すべてを演劇じみたものにすることに飽き飽きしていた。ある日、バーバラはチョコレート・フロスティングを味見して、「砂糖が多すぎます」とそれを作った従業員に言った。そのすぐ後に嚥下障害が始まり、手足は感覚がなくなった。「これに何を入れたの?」と女性に問いただした。「保存料は使わないように言ったはずです」と言ったところ従業員は「いいえ、保存料は使っていません」と主張した。彼女は保存料にアレルギーがあり、パン職人が間違ってそれを使ったのだと感じたのだ。再び医師のもとに行き、その年10回目になるが、完全な健康だと言われた。バーバラはこのように次から次へと身体愁訴を繰り返した。
ディスカッション
バーバラの主症状は30歳前に始まり続いていた。慢性であるが、ライフイベントに応じて変動した。本当の気持を言葉で表現する代わりに、不安や葛藤が身体症状に現れた。それは神経支配の原則に反するなど、医学的に充分に説明できない症状である。彼女はまた演技性パーソナリティ障害を持っていたので、変わりやすく皮相的な感情表現だった。身体化障害(DSMIV-TR)の診断をするためには、4つの疼痛症状、2つの胃腸症状、1つの性的症状、1つの偽神経学的症状が必要であるが、彼女は容易にそれを満たしている。身体化障害の有病率は女性で0.2-2%であり、男性では0.2%以下である。患者も医師もこの病気には苦しむ。患者は精神科医に受診しようとしない。彼らは自分に心理的原因があることを認めないからだ。多くの患者は不安が強く抑うつ的である。医師は支持的で保護的な関係を築く必要がある。構造化された定期的な面談が必要で、短くても助けになる。患者の症状は現実にあると見なされるべきであるが、医師は特殊な治療法はないと強調すべきである。バーバラのケースでも見られたように、医師を訪れると症状は綺麗に消えるこの病気ではよくあるように、バーバラは子供の頃性的に虐待されていた。
2013-03-27 20:03