第18章 パーソナリティ障害とシゾフレニー

第18章 パーソナリティ障害とシゾフレニー
ポイント・シゾフレニーはどのパーソナリティ障害とも合併する可能性がある。妄想性パーソナリティ障害、スキゾタイパル・パーソナリティ障害、スキゾイド・パーソナリティ障害は除く。・シゾフレニー患者は病前にスキゾイド・パーソナリティ障害、スキゾタイパル・パーソナリティ障害、妄想性パーソナリティ障害と診断されることがある。・シゾフレニーともっとも普通に合併するのは強迫性パーソナリティ障害と境界性パーソナリティ障害である。・もし患者が妄想かつ/または幻覚を一ヶ月またはそれ以上の間経験しているなら、単にパーソナリティ障害ではなくてシゾフレニーである可能性が非常に高い。
(シゾフレニーという)この言葉はよく誤解されている。特に専門外の人たちに多重人格と思われているようだ。—–Kaplan and Sadock’s Synopsis of Psychiatry
シゾフレニーの症状は陰性症状と陽性症状に分類されることが多い。陽性症状には妄想、幻覚、まとまりのない会話と行動などがある。陰性症状としては情動の範囲と強度が制限されること、感情の平板化、無言、意欲低下などがある。1930年にブロイラーはシゾフレニーの4つのAを記述し、それは現在でも有用である。(1)Association 連合 つまり連合弛緩、(2)Affect 感情、不適切で平板な感情、(3)Autism 自閉 世界から遠ざかり自分の内面とだけ関わり合う、(4)Ambivalence 二律背反 決心できずどっちにするか迷う。
妄想性、スキゾイド、スキゾタイパル・パーソナリティ障害については、DSM-IV-TRでは除外診断基準があり、シゾフレニー、精神病性特徴を伴う双極性障害および他の精神病の経過の中でのみ発生した行動パターンではないこととされている。もし患者がシゾフレニーのような慢性のⅠ軸疾患を持ち、それが病前から存在するパーソナリティ障害によって悪化するならば、そのパーソナリティ障害は「病前」からのものと考えられる。シゾフレニーに関してはⅡ軸診断として妄想性、スキゾイド、スキゾタイパル・パーソナリティ障害はないと考えておくのが、混乱がなくてよいと思う。
キーポイントスキゾタイパル、妄想性、境界性パーソナリティ障害はすべて妄想を伴うことがあるが、シゾフレニーのような幻覚を伴うことはない。
もし患者に幻聴や幻視があるなら、診断としてはシゾフレニーを考えるべきだ。たとえ患者の妄想が始まったばかりで、医師が妄想性パーソナリティ障害、スキゾタイパル・パーソナリティ障害あるいは境界性パーソナリティ障害として治療していたとしても、診断変更すべきである。いったん精神病領域に入り、明らかな幻覚がある場合、診断が単なるパーソナリティ障害というのでは不充分である。もちろん、双極Ⅰ型、一過性精神病あるいは物質誘発性障害についても考慮すべきである。
キーポイントストレスはⅡ軸パーソナリティ障害を持つ患者にⅠ軸疾患をもたらす可能性がある。
症例スケッチサラは22歳、銀行員。並んで仕事をしている5人の銀行員と区別がつかないと言われても気にしない人だった。客が彼女を無視しても、違う名前で呼ばれても気にしないでいられた。しかし彼女の謙遜は精神の健康のサインではなかった。細かいことを気にしないでいいことだと人は思うらしいが、彼女の場合はむしろ、精神の混乱の最初の徴候だった。サラは銀行での仕事を楽しんでいた。口座を維持することやコンピュータに数字を入力することに責任を感じていた。彼女は詳細にこだわり、自分が正しいかどうか計算のあとで検算し何時間も余計な時間を費やした。彼女は人付き合いが苦手だった。同僚はみんな彼女を嫌っていた。ひとりぼっちにして、彼女を「奇妙」だと考えた。彼女にはその方がよかったし、たまにランチやパーティに誘われても断った。上司は仕事をやり遂げる能力を尊重していた。サラが勤めて丸一年たったとき、問題は起こった。ある日、彼女がコンピュータに数字を入れ始めると、突然、どこかから声がした。「サラ、ダメなやつ、怠け者。お前が横領しているのを知っているぞ。」コンピュータが彼女に話しかけたのだと思った。コンピュータにはそんな機能はついていないと知ってはいたが、彼女はそう思うしかなかった。誰か、何かが、彼女が横領をしているのだと考えているらしいと分かって、ほんとうに驚いた。そのよ、サラは眠れなかった。彼女を告発する声について考え続けていた。次の日はもっと悪かった。FBIが彼女のコンピュータに装置を埋め込んで見張っていると考え始めた。その装置で彼女のすべての動きが察知できると思った。またサラは同僚たちが彼女についてささやき合っているのを聞いたと考えた。彼女のアパートでは、銀行から横領する計画について話す声が聞こえたと思った。FBIのカメラがアパートにも付けられたと思ったので服を脱ぐのも風呂に入るのも怖くなった。FBIに裸を見られたくないので、シャワーもやめたし洋服を取り替えることもやめた。普段彼女の身繕いは完全だったのに、服装は乱れたままになった。仕事でコンピュータに触るのが怖くなった。サラが電話で何も話さないので母親は異常に気がついた。母親がサラのアパートに行ったとき、サラが部屋の隅で両手で耳をふさいでいたのを見て、母親はサラを救急に連れて行った。精神科医はサラを3週間入院させた。サラは最初の精神病症状を経験したのだと診断された。ジプレキサ10ミリを投与され、職場に戻った。彼女は症状再燃することなく2年が経ち、服薬中止に挑戦した。
ディスカッション
サラのスケッチはシゾフレニーの人のいろいろな側面を描いている。病前性格として彼女は強迫性パーソナリティ障害を持っていた。完璧主義で、秩序を愛し、厳格で、働き過ぎで、詳細にこだわった。また内向的でひきこもりだった。自我機能が低下していたので他の人が彼女を目立たない人と思っても満足していた。職業人としてはよくやっていたし上司は評価していた。シゾフレニーの人は、コンピュータ・プログラミングのような対人関係を要求されない仕事ならば例外的なくらいにうまくこなすことがしばしばある。サラのように、シゾフレニーの人は思春期から成人期初期に発病することが多い。サラの精神病症状は6ヶ月間持続した。彼女が横領しているという声は幻聴である。FBIが彼女を監視しているというのは妄想である。精神病を隠そうとして彼女の行動は不適切になった。幻聴に対して笑ったり、しかめっ面をしたりした。コンピュータに触るのが怖かったので事務仕事は苦痛になった。彼女の行動が奇妙だったので同僚はある程度噂をしただろう。サラはさらに引きこもり、陽性症状として幻覚、妄想、奇妙な行動、さらに陰性症状として浅い感情、無言、意欲低下を呈していた。シゾフレニーは全世界に広がっており有病率は約1%である。シゾフレニーの人は仕事、対人関係、セルフケアの各方面で機能低下が見られる。1960年代以来、治療に有効な薬剤が開発されてきた。精神病を引き起こすと考えられているドパミン濃度を、薬剤は低下させる。新しい非定型抗精神病薬では患者は仕事に戻れるし、時に対人関係も取り戻し、セルフケア能力も改善する。サラの強迫性パーソナリティ障害は精神病症状が強い時には目立たず、病前の機能を回復した時には再度目立つようになった。ある意味では、強迫性パーソナリティ障害は彼女とともにあり、彼女の精神機能を向上させているのかもしれない。
強迫性症状が存在するうちはシゾフレニーの症状が目立たず、シゾフレニーの症状が強くなってくると強迫性症状が消えてしまう現象は昔から観察されていて、上のような解釈もあるが、一方で、伝統的に、強迫性症状がシゾフレニーの防波堤になっているとの解釈もある。強迫性症状があったので薬剤を投与したところ、強迫性症状は消えたものの、シゾフレニーの症状が出現したという典型的な話である。防波堤という意味は、シゾフレニーの生じ用を形成する以前の予兆的な症状を、強迫性障害の儀式的行為や思考によって回収していると言うべきか、発展を防止しているというべきか。強迫性思考・行為という自我違和的な領域で症状を処理してしまえれば、シゾフレニーという、自我親和的な領域の処理が必要ではなくなるだろうという話なのだが、思弁的すぎて、何のことか了解不能と言われればそうかもしれないとは思う。
現在は全世界的にうつ病の時代から双極性の時代に移行しつつあるので、なおさらシゾフレニーの時代は過去のものになりつつある。グルタミン酸関係の薬剤が開発されて環境が整えば再度シゾフレニーの時代が訪れ、診断もシゾフレニー優位にシフトしていくのだろうと思う。
実際の診断では、人格の手触りとしてシゾフレニーの疑いがあるときに、診断基準を満たさない程度であれば、考えるべきなのがクラスターAで、301.0 妄想性パーソナリティ障害 Paranoid personality disorder、301.20 スキゾイドパーソナリティ障害 Schizoid personality disorder、301.22 統合失調型パーソナリティ障害 Schizotypal personality disorderの3つが最初に鑑別スべきⅡ軸障害となる。これらはシゾフレニーと移行のないものもあるし、ストレスの程度によっては移行するものもある。また遺伝的にシゾフレニーとの近縁が言われる場合も、それを否定される場合もある。しかしシゾフレにーが人類に普遍的で約1%とよく言われるからには、その周辺性格としての3つも、同程度に普遍的であって良いはずであるが、そうとも思えない。たとえば富士山の頂上付近と裾野付近をシゾフレニーとクラスターAパーソナリティ障害と考えると、思弁的には整合的であるが、現実にはそうでもないらしい。実際、シゾフレニーの薄められたものというような印象は正しくないことがある。妄想性パーソナリティ障害は何も薄められてはいないだろうと思う。ただ医療になじまないだけだろうと思う。言い方を変えれば、今のところ、薬剤もないくらい強力なものとも言える。パラノイア中核論というような議論もあり、これはパラノイアということばの問題もあるのだろうが、なかなか交通整理が難しい部分である。

個人的にはシゾフレニーの症状を陽性症状と陰性症状に分類して考えるなど、100年も時代を逆行する行為に思える。また、幻覚妄想と無神経に並べているのも、その性質についてよく考えたことがおそらく一度もないだろうと思われるくらいである。幻覚を構成する幻聴とその他、たとえば幻視は、根本的に性質を事にするものが混入しているのであり、シゾフレニーの指標となりうるものは、幻聴であり、特に、その被害的意味内容であり、また、能動性の剥奪である。

パーソナリティ障害を考える時に、カテゴリー分類、ディメンション分類、スペクトラム分類などの分類方式があり、一つの現実をどのように切り取るかの方法の話だろうと思う。科学というものはそれら類似のものをどのような側面で測定し位置づけるかという作業である。何を測定し、どのように並べるか。 パーソナリティ障害全体はまだその入口にあるのだろうと考えられる。
2013-03-27 19:50